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先ほどまで人であった者が何を口にしているのか、美奈にどれだけ理解できたのか。
ざあっと夜風が吹き、桜の花びらを散らす。
美奈の艶やかな黒髪が、風に乗る花びらをはらんで膨らみ、広がりながれた。
白犬が真正面から美奈を凝視し、白い毛の全てがゆらりと逆立ち波打っていた。
長い舌を垂らした耳まで裂けた口で、くすりと嘲笑されたような気がする。
ただの猟犬に?
生まれてはじめて、美奈は恐怖を抱いた。
人の魂を石ころという男が、人であるはずはなかった。
自分よりもはるかに危険な美しさをもった、魑魅魍魎の類い、人ならざるものなのだ。
自分は何を怒らせたのだ?
その凄惨な美貌に目が吸いつけられた。
顔がほてる。目が乾く。
恐怖のあまり、かまどに飛び込んで一瞬のうちに死の安らぎを得たくなる。
火に飛び込む馬鹿で哀れな羽虫の気持ちはこのようなものなのか。
男はひとさし指を突きつけた。
玩具をえた子供のように、口元に笑みが浮かんだ。
楽し気に逡巡すると、鼻先に突きつけた指先をくるりくるりと回す。
美奈は風車のように回る指先から眼をはなせない。
「……傲慢なお前にふむ、なにか呪いをかけようか?その悶え苦しむさまを見てみたい。素直にわたしに愛されれば良かったものを」
あらんかぎりの力を使って眼を閉じた。
それでもまな裏に指先の残像が回っている。叫ぼうとしたが、舌は口蓋に張り付き、声がでない。
がくがくと震える。
「夜闇が溶け込んだかのような、ぬばたまの黒髪は、」
艶のある自慢の黒髪が燃え上がり、ちりちりと醜く縮れ上がった。
男は片眉をあげた。
燃えるさまが男を楽しませる。
「その軽やかで、伸びやかな脚はどうしようか」
膝があらぬ方向に曲がって美奈は崩れおちた。
「愛を誘うような指先、内側から発光しているかのような柔肌、耳に心地よい琴の音のような声、水盤に映された幾千の星を凝縮させたかのような瞳、若さ……」
男が美奈の美貌をひとつひとつあげていく。
顔にふれればその触感のありえないざらつきに、手を確かめた。
指は節ばりこわばり、縮緬のしわが千も寄り、茶色く干からびていた。
昔語りに語られる山姥のような手だった。そして顔も。
振り返って、帝から贈られた銅を磨いた鏡で己の姿を確かめる勇気はない。
美奈は身体が作り替えられていく恐怖に絶叫する。
男は職人が自作の器をあれこれ試すように、思案げに、そして楽しげに、美奈の全てを剥がしていく。
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