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やまない雨
母ちゃんを見送ったカヤの声で、目が覚めた。
夕方だったはずなのに、なぜか外は明るく、しとしと雨が降っている。
気づけばカヤの姿はなく、オレだけ布団に包まっていた。今何時だ? 全く記憶がねぇ。のっそりベットから出ると、カヤが部屋に戻って来た。パジャマ姿のカヤは顔色も良く元気そう。熱は引いたらしい。どうやら疫病神はオレの願いを叶えてくれたようだ。
「アラン……おはよう」
『えっ、おはよう?……うわっ、朝かよ!? どんだけ寝ちまったんだ!?』
「気持ち良さそうに熟睡してたから起こさなかったよ」
『マジかっ……クソ、夕めし食い損ねた……ところで体調はどうだ?』
にっこり微笑んだカヤがオレを抱き上げた。ベットに腰かけながら、優しい手つきで頭を撫でてくる。
「ずっと付き添ってくれてありがとう。元気になったんだけどね、大事を取ってもう1日お休みすることにしたの」
『それがいい。ムリしないで休養しろよ』
「さっきラインがきてね、学校帰りに渡里君がお見舞いに来るって」
『なんだとぉぉおおッ!?』
厄介な敵の名前を耳にして全身の毛が逆立った。ラム助のやつッ、図々しくカヤに連絡なんか寄こしやがって。2人きりのラブラブな1日が台無しじゃねぇか!
「お姉さんのお店の新作ケーキ持ってきてくれるみたい。楽しみ~!」
『ダメだっ、家に上げるなっ。母ちゃんいねぇのに危ねぇだろ!』
オレは必死に訴えた。警戒心が全くないカヤはいつも無防備に狼男を迎え入れてしまう。ここは何としてもオレがヤツの襲撃を阻止しせねば!
『弱ってるパジャマ姿のお前を見たら発情しかねん! ケーキだけもらって追い返せ!』
「あとね、"病気平癒の祈祷と家に送り届けた件は貸しにしておくよ、とアラン君に伝えて下さい"だって」
『い゛っ!?』
「これ、どういう意味なんだろう?」
カヤは首を傾げている。ラム助めぇッ、神職に就いてるくせにひとの痛い所を突いてきやがってぇ……ほんと嫌な奴だッ。とはいえ、昨日の失態はオレの不徳の致すところ。ニヤニヤしながら家に来るんだろうと思ったらムカつくが、仕方がねぇ。
『……わかった。今回だけは許してやる。今回だけな!』
「さてと、朝ご飯食べようか」
微笑みながら、カヤが窓の外を見上げた。灰色の厚い雲が覆う空からは、大粒の雨が落ちている。
「雨、全然降りやまないね……これじゃお散歩行けないね」
『いいよ、オレ散歩嫌いだし……ん?』
カヤがオレをキュっと抱き締めてきた。優しい匂いがふわりと香る。耳元で、カヤが気恥ずかしげに囁いた。
「昨夜ね、アランの夢を見たの」
『オレの?』
「夢の中でアランは人間で、すごくカッコ良かったぁ~……!!」
『スゲェっ、俺も同じ夢見たぞ!……夢だよな?』
「……アラン、今日も雨で外に出られないけど、お家でいっぱい一緒に過ごそうね」
見上げた先で、カヤが可愛く笑う。ほんのり頬を赤くして、少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべていた。
雨粒がタンタンタンと屋根を叩く音は、天国の扉が開く音に似ている。
雨は嫌いだ。
でも……
『そうだな。カヤと一緒に居れるなら……』
鼻先に広がる愛しい主人の笑顔を、オレは最高に幸せな気分で見返した。
『やまない雨も、悪くねぇ』
完(?)
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