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オレはじ~んと心が熱くなった。濡れるのが苦手で、雨を恐れてさえいるのに、カヤはオレを心配して飛び出してきたのだ。
これを愛と言わずして何という。
不安げに見つめるカヤの頬を舌で拭いながら、オレは傘を差すマヌケ面を横目で見た。ラム助はカヤ以上に雨とオレのブルブル攻撃でびしょ濡れだが、もちろん労わってなんかやらねぇ。ヤツを無視して、オレは舌で優しくカヤの顔を拭った。
「キャハっ、アランくすぐったいよぉ」
『濡れたまんまじゃ体が冷えるだろ。早く家に入ろうぜ』
「先輩、濡れたまんまじゃ体が冷えますよ。早く家に入りましょう」
『オレのマネすんなッ』
雨から守るように傘を傾けながら、ラム助がカヤの肩に腕を回した。そのまま家の玄関に向かって歩き出す。この野郎ッ、ちゃっかりカヤの肩を抱きやがってぇッ……許さん!
「先輩、行きましょう……イタッ!」
オレはヤツの手をかじってやった。
「渡里君どうしたのっ?」
「えっ、あぁ、別に……」
つーんと顔を背けてオレは知らんぷりを決め込んだ。強がりか、それともマゾ気質なのか、ラム助はうっ血した手を離すことなく笑顔でカヤを抱き続けている。執念深い奴め。カヤを離さねぇつもりらしい。鍵を開けたカヤに続いて、図々しく玄関まで入り込んできやがった。
「あ~ヒドイ雨だったぁ。渡里君も凄く濡れちゃったね。待ってて、今タオル持ってくるからぁ」
「僕は大丈夫です。それより先輩、早く着替えた方がいいですよ。アラン君も拭いてあげないと、2人ともカゼひきます」
「渡里君の方がヒドイよっ」
「僕なら平気です。もう帰りますから」
微笑んだラム助が不意に漏らした呟きを、オレは聞き逃さなかった。
「……さすがにちょっと、これ以上はもう、抑えがきかなくなりそうなんで……」
「え?」
『あッ、テメェッ、今なんかエロいこと考えてんだろッ』
オレの危険センサーが激しく反応している。雨に濡れたカヤのYシャツからは、キャミソールとブラ紐が薄っすら透けて見えていた。男の本能を刺激する究極のチラリズム。こんなご馳走を見せつけられちゃ、ラム助じゃなくても男はみんな狼になっちまう。
母ちゃんが不在の今、カヤを守れるのはオレだけだ。再び臨戦態勢を敷いてヤツの動向を注視していたが、思ったよりも冷静な男らしい。疫病神の下僕は晴天のごとき爽やかな笑顔を保っている。
「渡里君、今何て言ったの?」
「濡れちゃった先輩も可愛いなぁって言ったんです」
「!!」
カヤの頬が赤くなった。その様子を満足そうに見つめながらヤツが言う。
「じゃ、僕はこれで失礼します。体、温かくして下さいね」
「うん、すぐにアランとお風呂に入るぅ」
「えッ!?」
帰りかけたラム助が凄い勢いで振り返った。カヤとオレを交互に見ながら端正な顔を引きつらせている。
「先輩ッ、アラン君と一緒に風呂入るんですか!?」
「そうだよ。ちゃんとアラン専用のバスタブあるもん」
ラム助がオレを凝視する。困惑と嫉妬と殺意が混ざったヤツの視線を、オレは嘲笑いながら受け止めた。今頃ヤツの脳内ではいかがわしい映像が広がってるんだろうが、思春期のガキと一緒にされちゃ困る。これでもオレは大人で紳士だ。風呂に入る時はカヤの脱衣から目を閉じ、オレ専用の湯舟に入れられカヤが浴槽に体を沈めるまで深く瞑想する。その間、決して目を開かん。チラリズムに興奮してるテメェとは精神の鍛え方が違うんじゃボケ。
「渡里君、どうしたの?」
「……別に、何もッ……!」
ナイという顔じゃねぇな。自慢の爽やかな笑顔が微妙に歪んでいる。余程悔しいんだろう、いい気味だ。
「なるほど……一緒に風呂ですか……ハハっ、アラン君……君は本当に手強い相手だよ」
『テメェなんざ最初から眼中にねぇわ。さっさと神社に帰りやがれ』
微笑んでいるがラム助の眼は笑ってない。オレを見据える瞳には暗い影が渦巻いている。まさに、今にも赤ずきんちゃんを食おうとしている獣のようだ。
純真でちょっと天然な可愛いオレのご主人は、オオカミ男に狙われている。
だがカヤのオレへの愛は深い。
例え人間でもヤツは赤の他人。
家族であり、カヤの最愛の男であるオレには敵わねぇのさ。
白い毛並みが美しく、超小型で扱いやすい。
だから散歩も風呂も気軽にできる……
だってオレは、チワワだからな。
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