優しい匂い

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優しい匂い

   今日も、変わらない朝を迎えるはずだった。  可愛いカヤの寝顔を堪能して、一緒にメシ食って、学校に行くカヤを玄関で見送る―――それが、オレの1日の始まり。  けれど今日は普段と違った。    カヤが、高熱を出した。  こんな時、オレは自分の無力さを思い知らされる。  熱にうなされ苦しむカヤに、オレは何もしてやれない。傍で見守るぐらいしかできないのだ。そんな自分がひどく情けねぇ。 「――アラちゃん、カヤをお願いね」  パートに行く母ちゃんが声をかけてきた。 「5時には帰ってくるからね」 『おう、気をつけてな』 「カヤ、大丈夫?」  氷枕と冷えピタシートで解熱中のカヤが、トロンとした目で母ちゃんを見返した。苦しいはずなのに、ムリして微笑んでいる。 「私のことは、心配しないで……アランがいてくれるから平気だよ」 「そうね。じゃ、行ってくるね」  母ちゃんが出かけた後、オレは暗い気持ちでベットの枕元から晴天を見上げていた。  全部、オレのせいだ。  昨日、オレが雨の中でラム助にケンカを売ったせいでカヤを雨にさらしちまった。大人しく家に居れば、カヤは傘に守られながら安全に帰ってこれたのに。  オレのせいで濡れたんだ。  それが原因でカゼを引いた。  何もかも、全部オレが悪いんだ…… 「……アラン、ごめんね」  呼吸を荒くしながらカヤが言う。 「せっかく、良い天気なのに……お散歩、行けなくて……」 『カヤ……』  オレは熱いカヤの頬を舐めた。氷枕で頭を冷やしているのに、カヤの熱は全然引かない。むしろ、さっきより熱くなっている。 『すぐ良くなるよ』 「アラン……」 『ん? 水欲しいのか?』  カヤが力なく微笑んだ。 「……アランが、元気で、良かったぁ……」 『!』  ゆっくり目を閉じたカヤが、静かに寝息を立て始めた。ホント、お人好しだな……オレの心配なんかしてる場合じゃねぇだろ…… 『クソっ……なんでオレはチワワなんだよッ』  悔しくて、オレは奥歯をかみしめた。人間だったらこんな時、もっとたくさんカヤに尽くせるのに。水を飲ませてやることも、メシを作ってやることだってできる。  だがオレはただの犬だ。  無力なチワワ。  カヤの為にしてやれることなど何もない――  自分の無力さにイジケているうち、いつの間にか眠り込んでいたらしい。  鼓膜を打つ荒々しい呼吸音でオレは目が覚めた。空が夕焼け色の染まり始めている。ふと気づけばカヤの息が乱れていた。体も熱く、汗をかいている。 『カヤっ、おいっ、大丈夫かっ?』  オレの声にカヤは反応しない。  どうしたらいい!?   何かオレにできることは――― そうだ、1つだけある!  いや、オレにはもうそれしかない! 『待ってろよ、今助けるからっ……!』  オレはベットから飛び降りて玄関に向かった。何度かジャンプして鍵を縦に切り替え、ノブにぶら下がりドアを開ける。いつもやってるドア破りだ。オレは全速力で裏山に向かった。性悪な疫病神(うじがみ)を祀る神社―――動物の願いを叶える神の社を目指す。
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