優しい匂い

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 山の麓に鳥居を構える十角(とかく)神社は神聖気場(パワースポット)で、恋愛成就の運気が高いといわれるご神木の周囲には人が集まっていた。  オレは長い階段を駆け上がると一直線に社を目指した。灯篭と松が規則正しく並ぶ石畳の先には、土地神が祀られた社がある。周囲に人はいない。欲深な人間達は、お祈りよりも社務所で物を買うのに忙しい。  賽銭箱の前に着いた頃にはさすがにオレも息が切れた。それでも、精一杯大きな声で叫んでみせた。 『おいっ、神! 聞こえてんだろ! オレの願いを叶えてくれ!』  オレはプライドを捨てて頼み込んだ。  ここの神は動物の願いを叶える力がある。実は以前、オレは人間になったことがあるんだ。ここで"人間になりたい"と言ったオレの願いを神は叶えた。性悪で、気紛れで、いけ好かない奴だが実力は本物。だからこそオレはここに来た。オレの願いを叶えてもらうために。  オレは無力なチワワ。  カヤの為にできる事は祈りだけ。 『頼むっ、カヤを助けてくれ! もう人間にしてくれなんて贅沢は言わん! お前の下僕に彼氏の座を譲ってもいい! 何でもする! 命だって捧げるから!!』  オレの声は届いているんだろうか。  見上げた社の天井からは、何の返事も聞こえてこない。 『カヤはまだ17歳なんだ……人間の長い寿命の半分も生きてねぇ。この先オレよりもっといい男をみつけて、恋して、結婚して、幸せになって欲しいんだ。オレはその姿を見れねぇけど、カヤにはずっと笑っていて欲しい……それがオレのたった1つの願いだから……頼む、カヤを助けてくれ!!』  温い風が、境内を吹き流れた時だった。 「――アラン君」  背後から声が聞こえた。 「ひとりでお詣り?」  見ると、白い着物に水色の袴を履いたラム助がいた。柔らかい笑みを浮かべながら、こっちに歩み寄って来る。 「先輩、熱が出たんだってね。学校で聞いたよ」  オレはヤツから顔を背けた。神に泣きついているダセェ姿を見られたくなかった。心の中では無様なオレを嘲笑っているだろう。  そう思っていたのだが…… 「お祈りは、神主見習いの僕の仕事だよ」  言って、ラム助はオレを抱き上げた。胸に抱えたまま、爽やかな笑顔でヤツが言う。 「君の仕事は先輩を見守ることだろ? なら、ちゃんと家にいなきゃ。先輩を独りにしちゃダメだよ」 『うるせぇ、わかってる……』 「祈祷は僕がするから大丈夫。さぁ、帰ろう。家まで送るからさ」  カヤの風邪が移って、嗅覚がマヒしたのかもしれん。  微笑むラム助からは、カヤと同じ、優しい匂いが香った気がした。
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