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天国の扉
不覚にもラム助に家まで送り届けられた後、心配してた母ちゃんにしこたま怒られ、オレはぐったりしながらカヤの部屋に戻った。
熱は少し引いたものの、カヤはまだ眠ったままだ。
さっきまで晴れていたのに、空にはいつの間にか雨雲が広がっていた。オレはカヤの枕元に飛び乗った。熱いカヤの頬にスリスリしていたその時、
「……寒ぃ……」
苦しそうにカヤが呟いた。体はひどく熱いのに震えている。オレは布団にもぐりこんで、顔だけ出しながらカヤの腕にくっついた。
「……アラン……」
『ここにいるよ』
「……お散歩……」
『ああ、元気になったらまた行こうな』
カヤはどんな夢を見てるんだろう。オレは睡魔に誘われるように目を閉じた。ドアの奥からは香ばしい匂いが漂ってくる。今夜はカレーらしい。カヤの好物だ。起きたら一緒にメシを食おう。
カヤの寝息と、心臓の鼓動―――
いつしか窓の外から、雨の音が伝わってきた。
雨は嫌いだ。
ガキの頃の嫌な記憶が甦る。
冷たいコンクリートの床には、大勢の同族が眠っていた。幼犬から老犬まで年は色々で、怪我してる奴、病気持ちの奴、犬種もまちまち。色んな犬が来ては、同じぐらいの数だけ別の場所に連れて行かれる。皆はそこを『天国』と呼んでいた。
天国に連れて行かれた奴らは、二度と戻ってこなかった。
同じ部屋の爺さんが教えてくれたんだ。この保健所という施設には人間が作った『ガス室』と呼ばれる部屋があり、前には大きな扉あって、その扉をくぐった者はみんな眠りにつき、神が治める楽園に行くそうだ。
その日も、"天国の扉"は開いたようだった。
壁や床から伝わるタンタンタンという開閉音は、雨粒が屋根や地面を打つ音によく似ている。
今も鼓膜の奥に残る嫌な音。
だからオレは雨が嫌いなんだ。
人間がオレを抱えて部屋から連れ出す度に、天国の扉が開くんじゃないかと怖かった。
あそこにいた人間達は、冷たい匂いがした。
だからオレは人間が嫌いだった。
カヤと出会うまでは―――
「……アラン……?」
夢の中で、カヤの声がした。ふと見ると、カヤが赤い顔でオレを見上げていた。また熱が上がったのかな。潤んだカヤの瞳は動揺と驚きに満ちている。
「どうした? まだ寒いのか?」
「……!」
完熟トマトみたいに顔を赤くしながら、カヤがオレを見つめている。ヤベェ、熱におかされた姿がめちゃくちゃ可愛い。カヤの体は強張っていた。心臓の鼓動も異常に速い。オレはそっと片手を伸ばして、カヤを自分の方に抱き寄せようとしたところで気がついた。
夢の中で、オレは人間になっていた。
体毛のない肌。筋肉質の長い四肢。銀色の髪―――窓ガラスに映っているのは、大人の色気が漂う超イケメンのオレ。真っ裸だが、どうせ夢だからどうでもいい。
オレは引き寄せたカヤを優しく抱きしめた。
あぁ、最高に幸せだ。
夢が叶った。
ようやくカヤを抱きしめることができた。
汗ばんだ背中をさすってやりながら、オレはそっと囁いた。
「ずっと側にいるから安心しろよ」
「アっ……ァっ、ァランっ……!?」
「大丈夫。オレがお前を守るから、心配しないでゆっくり眠れ……オレの可愛いカヤ……大好きだ」
「!!」
おでこにキスした瞬間、気絶したように白目をむいてカヤが眠りに落ちた。
この幸せな夢が、いつまでも覚めなきゃいいのにな―――
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