相合い傘

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相合い傘

 雨は嫌いだ。  雨粒が屋根や地面を弾く音は、"天国の扉"が開く時の音に似ている。  長い廊下の奥から足音が聞こえて、同じ部屋の仲間がいなくなると、それからしばらくして必ずが聴こえてくるのだ。  雨はその音に似ている。  そもそも濡れるし、冷たいし、いいもんじゃねぇ。  雨は大嫌いだ。  にもかかわらず、雨に打たれ、寒さに震え、鼻水を垂らしながらオレが塀の上で待っているのは、傘を持たずに学校へ行ってしまった花耶(カヤ)を出迎えるため。ズブ濡れで帰ってくるだろうカヤを抱きしめて、冷えた体を温めてやるんだ。  そろそろ帰ってくる頃だと思っていたその時、 「ごめんね、遠回りなのに送ってもらって」  カヤの姿が見えた。長いストレートの髪も制服も濡れてないのは、傘をさしているから。だが傘を手にしているのはカヤじゃねぇ。  オレがこの世で最も嫌いなクソ野郎だった。 「私、天気予報で午後から雨だっていうから傘を持って家を出たんだけどぉ、朝すごく急いでたからぁ……」 「間違えてホウキ持ってきちゃったんですね」  真っ赤な顔でコクンと頷いたカヤを微笑ましげに見つめている男は、高校の後輩・渡里洋助(わたり ようすけ)。高1。カヤと同じ華道部の花好き男子である一方、空手の黒帯と剣道4段を持つ秀才イケメン………と、周囲は思っているがオレは騙されん。  ヤツは羊の皮を被った狼男。 性悪な疫病神(うじがみ)を祀る近所の神社の跡取り息子で、"超美形の神主見習い"とSNSで大人気らしいが、笑顔の裏にズル賢い男の顔とエロ心を隠しているのだ。今もカヤを笑顔で見下ろしつつ、眼の奥を怪しく光らせている。 「渡里君のおかげで助かったよ、ありがとうね……あっ、渡里君っ、肩が濡れてるぅっ」 「大丈夫です。濡れるのは慣れてますから。父の手伝いで祭事をする時はいつも(みそぎ)をするので、この程度はどうってことありませんよ」  言って、ラム助はムカつく程さわやかに微笑んだ。女どもがキュンとするような笑顔なんだろうが、オレには詐欺師の悪顔にしか見えん。だが純朴なカヤは素直にトキめいたようだ。疫病神の下僕を羨望の眼差しで見つめている。 「渡里君は凄いねぇ。私はムリだなぁ、雨苦手だもん」 「そうなんですか?」 「うん。子供の頃、蛇口からお湯を出そうとしたんだけど間違ってシャワー出しちゃってね。頭から突然ザパ~っとお湯を被って以来、濡れるのが凄く怖いの。雨に打たれるとかムリ」 「ハハ、先輩は可愛いなぁ。でも、僕にとって今日の雨はラッキーでした」 「え?」  きょとんと見上げたカヤに、ラム助がそっと呟いた。 「雨のおかげで、先輩とこんなふうに相合い傘ができましたからね」 「!」  ヤツの笑顔に、カヤの頬が赤く染まった瞬間、 『待てコラァァァッ』  全身の毛が怒りで逆立った。塀からジャンプしたオレは、着地すると同時にヤツの真横に回り込んだ。ギョっとするラム助を睨みつけ、渾身の力で身震いする。洗車機のロールブラシ並みにブルブル回転したオレの体から、勢いよく水滴が弾け飛んだ。 『テメェッ、図々しくカヤの隣歩いてんじゃねぇぞクソがぁッ』 「うわっ、冷たぁっ!」 「アラン!?」  ヤツの横でカヤが顔を強張らせた。直後、雨の中へ飛び出してくるなり慌ててオレを抱き上げた。 「アランっ、大丈夫っ!?」 「先輩っ、濡れますよ!」  素早く傘を差し出したラム助も視界に入らぬ様子で、カヤはオレを抱いたまま雨から守るように体を丸めた。  「寒かったでしょうっ、早く体拭かないと風邪ひいちゃう!」 『カヤ……!!』
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