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春人は目を輝かせると、小倖に近付いていく。
―――俺と言えば、この素晴らしい話術!
―――トーク力こそ、俺の生きる力!
―――それは話したことのない相手でも同じさ!
小倖は静かに本を読んでいた。 “周りには一切興味がない”と言ったように、首すら動かすことがない。 そこに多少たじろいでしまうが、決心するため咳払いをした。
少しわざとらしく、大袈裟に話すのがコツだ。
「ねぇ小倖さーん。 いつも読書をしているよねぇ? 普段はどんな本を読んでいるのー?」
「・・・」
「その本のサイズでいうと、小説かな? ジャンルは恋愛? それともホラー? 青春もの? 最近は、ファンタジーとかも流行っているよねー」
「・・・」
「でも小倖さんってぇ、そういうのを好むタイプではなさそうだしぃ・・・。 あ、もしかして難しい本!? 英語の文章だったり、古文だったり!?」
「・・・」
「それとも、読み物じゃない的な? 世界地図? もしくは日本地図!? その本に道を尋ねたらー、突然『音声案内を開始します』とか、返ってきちゃったり!? って、それはカーナビやないかーい!」
「・・・」
「あ、ねぇ見てよ小倖さん! 外! 親鳥が雛に餌を与えているぜぇ・・・。 いつかその雛たちは成長して、一人で旅立っていくんだよな・・・。 そう考えると寂しいぜ・・・。
って、まるで俺が子持ちみたいに語る的な!?」
「・・・」
「そう言えば俺さぁ、昨日ツナのパスタを食べたんだよねぇ。 でも食べ終わった後に思ったわけよ、ツナパスタじゃなくて、ツナスパゲティを食べたかったなぁって。 ・・・って、どっちも一緒だし!」
「・・・」
小倖は視線を動かすことなく、本を読み続けている。 春人は身振り手振り、大袈裟にジェスチャーも交えながらやってみたのだが、見事に反応なしだ。
そんな春人を見ながら、夕樹は聖に言う。
「何か春人、一人でずっと滑っているね」
「見ていられないな・・・」
「可哀想だよね・・・」
そのようなことを話す二人に気付きもしない春人は、未だに一人舞台を続けていた。 目の前の観客は見向きもせず、教室中からは冷ややかな視線を送られている。
「俺最近、オペラにハマっているんだ! え? オペラの真似をしろって? いやいや、こんな公共の場ではしたくないよ。 したくない。 いや、だからしたくないって。 したくなんかないって~♪」
オペラ風、というべきだろうか。 妙に芝居がかったそれは、見事にクラス中を引かせていた。 小倖もあまりにも鬱陶しいと思ったのか、チラリと視線を向ける。
当の本人は、芝居に夢中で全く気が付いていないのだが。
「そうそう、真似と言えば! 俺カラスの物真似が得意なんだよねー。 いくよ? 聞いてて? あー! あー! ほら、似ているだろ!? 特徴は『カ』と『ア』の間で言うんだ! あー! あー!」
酷い、可哀想。 これではただのピエロだ。 だが春人は、意地になっていたため気が付かない。 自分の熱演は必ず、相手に届くと信じている。
「そう言えば、さっき階段を上っていた時さ。 偶然イケメンの男子高校生と会ったんだよね。 俺がソイツに気付いたら、ソイツも俺のことに気付いて。 目が合って。
そしたら互いに惹かれ合うよう、グッと距離を縮めてさ。 それがまるで時間が止まったかのように思えて、幸せな時間だったわ・・・。
まぁ、よく見たらソイツは鏡に映った俺だったんだけどな? ははッ!」
「・・・」
地獄のような時間が延々と続いた。 演じている本人からしてみれば幸せの絶頂だったのかもしれないが、それでも小倖の反応がないことにようやく気付いてしまう。
肩を落とし、夕樹たちのところへトボトボと戻っていった。 まるで、この世の終わりのような顔を浮かべている。
「うわー! 最悪だー! こんなに滑るなんて思ってもみなかった・・・。 一言も返してくれねぇし、全然笑ってくれねぇし・・・」
春人は本気で、自分の話術に自信を持っていたのだ。 “老若男女、世界中の人でさえ言葉さえ通じればイケル”と思っていた。 いや、思うだけなら個人の自由なのだ。
「よしよし。 よく一人で頑張ったね」
「もう自分に自信が持てねぇよ・・・。 俺の発言に反応してくれる、夕樹と聖の大切さがよく分かったわ・・・」
「でしょ? 本当に感謝してよね?」
「え・・・。 それって・・・?」
「まぁそんなことはどうでもよくて、本当に小倖さんは反応しないね」
「いや、よくねぇって・・・。 俺の心はもうズタボロだもん・・・。 立ち直るまでに時間がかかりそう・・・。 もう不幸を味わった気分だわ・・・。
つか小倖さんの笑顔を見たらじゃなくて、笑顔を見ようと立ち向かった者が小倖さんのあまりの強敵さに自信をなくすから、不幸になるって言われているんじゃないかぁ・・・?」
「何それ。 それは流石にないでしょ」
夕樹は否定をしたが、聖は“その可能性もあるのではないか”と小倖を見つめていた。 どんなに文系眼鏡っ子でも、あそこまで反応しないことはない。
困ったり逃げたり、何かしらのアクションがあってもよかった。
「あーあー・・・。 まぁ、負けは負けだ。 次はどっちが行く?」
「んー、聖が次に行ってみる?」
突然話を振られ、聖は驚いた。 夕樹とそんな話は一切していないし、そもそも何をしたらいいのか分からない。
「えぇ? 何で俺からなんだ?」
「別にどっちでもいいけど、俺は自信があるよ! 聖も自信があるなら大トリを任すけど、どうする?」
自信なんて全くない。 それなら最後になって、失敗するのは避けたかった。
「でも俺、何をしたら女子が笑うのか分かんねぇんだよ」
春人と夕樹はうんうんと唸りながら考える。 そして春人が、閃いたかのように指を立てた。
「あ! 聖は容姿がいいんだし、それで勝負してみたら?」
「それいいねぇ!」
「はぁ?」
「名付けて、胸キュン作戦!」
「何だそれ・・・。 何をやればいいわけ?」
何を言っているのか理解不能だったが、自身に何かアイディアがあるわけでもない。 とりあえず言われた通りにやってみようと思い尋ねたのだが、返ってきた答えはとんでもないものだった。
「もうすぐ朝のホームルームが始まる。 次の休み時間だけだと短いから、聖には午前中の時間を全てやるよ。 さり気ない優しさを見せつけて、小倖さんを惚れさせてみろって!」
「そんな簡単にいくわけがないだろ・・・」
言いながら、がくりと膝を落とすのだった。
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