不幸な笑顔

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聖は授業中、板書が終わり退屈な話が始まると、窓側の席の小倖に目を向ける。 彼女は熱心に、ノートに書き込んでいた。 ―――女子を落とすなんて、ハードルが高過ぎる・・・。 ―――女子慣れしていない俺には尚更。 ―――それに三人の中で一番俺が、小倖さんの席から遠いし。 ―――不利過ぎる・・・。 ―――・・・まぁ、春人みたいに自ら話しかけにいって、滑りたくはないからな。 ―――三限目の化学の時間に、一気に終わらせるか。 聖は先程の春人の惨状を思い出していた。 一人で盛り上がり、一人で滑る。 おそらくは相当の長い期間、馬鹿にされ続けると予想するのが自然だ。 ―――ある意味、物凄い勇気だよな。 ―――俺は慎重にいくか。 次の科目は化学。 理科室へ移動し、班ごとにグループを組むのだが、その時は小倖と同じ机だ。 教室よりは大分話しかけやすいし、アクションも起こしやすい。 それを狙った。 「おい聖、今はお前の番だからな?」 「分かってるよ」 休み時間に念を押され、心の中で嘆息しながら理科室へと移動した。 エタノールなのか、薬品の匂いがプンと香る。 そして机に上げられている椅子を下ろす時に、チャンスは到来した。 小倖が椅子を下ろそうとして、筆記具を落としてしまったのだ。 「大丈夫、俺が拾うからそのまま椅子を下ろしていいよ」 「・・・」 「少し汚れてしまったね。 丁度ハンカチを持っているから、拭いてあげるよ」 「・・・」 聖は拾い上げた消しゴムやシャーペンを、一つずつ丁寧に拭いては筆箱に収めていった。 当然、その様子は春人と夕樹も見ている。 「ちょ、あれやり過ぎじゃね?」 「喋り方がいつもの聖と違い過ぎる。 緊張でもしているのかな?」 小声で二人はひそひそと話していた。 それに気付いていない聖は、全てを終えると満足気に笑う。 「・・・どうも」 小倖はそれだけを言っただけだが、聖は確かな手応えを感じていた。 ―――やった、春人は全く話しかけられなかったのに! 幸運は授業が始まっても続いた。 実験のため、道具を班ごとに持ってくる必要がある。 聖は早々にアルコールランプを取ってきたのだが、小倖はまだ戻ってきていなかった。  どうやら棚の上のビーカーに手が届かないようで、背伸びをしている。 それを逃すわけがない。 「はい。 気付けなくて悪かった、俺がこれを取りにくるべきだったね」 「・・・」 「このまま持っていこうか?」 尋ねたが、小倖は首を振るとそれを机まで持っていった。 ―――・・・何も持っていかないのは、マズいと思ったんだな。 悠々と歩いて戻ると、また満足気に微笑んだ。 実験が始まる。 なのに、誰も動こうとしない。 小倖と自分を除いた二人の男子も、何もしようとしなかった。 「あれ、やんねぇの?」 「いや、やるけどさぁ。 実験って面倒じゃん」 「そうそう。 汚く使ったら、後で洗うのも面倒だし」 「そんなの誰だって一緒だろ?」 二人は机につっぷし、全くといっていい程やる気がない。 先生もチラチラとこちらを見ているため、流石にこのままではマズいと思った。 「先生も見ているぞ?」 「そんなに言うならさぁ、聖がやってくれよ。 俺らは見ているからさ」 「はぁ? 面倒だからって人に押し付けるなよ」 「じゃあ、小倖さんがやればいいんじゃね? こういうの好きそうだし、俺たちは空気だと思ってくれればそれでいいから」 「ふざけんな。 やりたくないならやらなくていいけど、そしたら邪魔だからそこにいるなよ」 「・・・ちッ」 二人は舌打ちをしたが、渋々と実験をし始めた。 小倖も多少戸惑っていたようだが、作業に移る。 作業は順調だった。  だがアルコールランプに火を点けた瞬間、隣の班の一人が小倖にぶつかってしまう。 聖は慌てて彼女の肩を支え、こう言った。 「火を使っているんだから気を付けろよ! もし髪の毛にでも引火したら、冗談では済まないんだからな」 「あ、あぁ、悪い・・・。 小倖さん、ごめん」 「・・・」 そんな様子を、春人と夕樹も密かに見守っていた。 「聖の奴、頼もしいところを見せる感じの作戦か?」 「そうだね。 普段なら絶対あんな風には言わないから、相手も戸惑っているよ」 「当の小倖さんはどうなんだ? よく分かんねぇ」 「全くの効果なしっていうわけじゃ、ないと思うよ」 「いや、班が同じっていうだけでズルいだろ! 俺なんて、俺なんて・・・」 「気を取り直しなよ。 でも、このままだと聖が勝ちそうな気もするね」 当然聖は二人が話しているのを知らないわけだが、自身でも中々にいい感じだと思っている。 ―――女子慣れしてなくても、俺ちゃんとやれるじゃん! そして実験が終わり片付けをしていると、いつの間にか隣に小倖が立っていた。 「・・・あの」 「ん?」 「・・・色々と、ありがとう」 小さく頭を下げると、小倖はそそくさと戻っていった。 ―――・・・何だよ。 ―――急に喋られると、何かくすぐったいじゃねぇか。 笑顔にさせるというのが勝利条件だ。 彼女は笑ったわけではない。 それでもまともな言葉を引き出したことに、聖は改めて手応えを感じた。 とはいえ、自分の番はこれで終わりだ。 「聖でも無理だったかー。 惜しかったけどなー」 休み時間になって、春人がそう言った。 「それでも『ありがとう』って言ってくれたぞ。 完全に無視されていたお前とは違ってな」 「え、ま、マジで・・・?」 「“笑顔”っていうのは無理だったけど。 やっぱりかなり難易度が高いと思う。 夕樹、いけるのか?」 それを聞いた夕樹は、自信満々な様子で笑っていた。 「ふっふっふ! じゃあ次は俺がいってくる! 俺は、昼休みの時間を全部貰うよ!」
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