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夕樹は四限目の国語が終わると、早速動き出した。 小倖は見たところ、弁当らしきものを持っていない。 おそらく学食で食べるのだろう。
普段、夕樹たち三人も学食で食べることが多いため勝手は分かっている。
「小倖さぁーん! ねぇ、小倖さんっていつもお昼は学食を使ってる? よかったら、俺も一緒に行ってもいい?」
「・・・」
「その無言は、肯定と受け取っていいのかな? やった! ありがとう!」
夕樹は、拒否する間も与えないよう畳みかける。 小倖はどう考えたのかは分からないが、学食へと一緒に向かうことに成功した。
「夕樹、強引にいったなー!」
「あぁ。 一体どんな作戦なんだろうな」
二人が消えていった方を見ながら、春人と聖は話していた。 失敗組である二人としては、夕樹が最後の望みだ。
「俺たちはどうする? やっぱり見に行きたいよな」
「でも、気付かれないようにしないといけないぞ」
「あぁ、バレないようにこっそりと行こう」
こうして春人と聖も、二人の後を追うように学食へ向かった。 そんな二人よりも、夕樹と小倖は学食へ到着したのが当然早い。 それでも、もうかなりの混み具合である。
窓際の席を確保できたのは、かなりの幸運だったのかもしれない。
「サンドイッチの特売日かー。 通りで混んでいるわけだね。 小倖さんは何を食べるのか決まった?」
「・・・」
「日替わりのメニュー表がほしい? いいよ、持ってくるから」
小倖は何も話してはいないが、夕樹は率先して動いている。 何となくで予想して、先回りをしていく作戦だ。
「はい、持ってきたよ」
「・・・」
差し出したメニュー表をおずおずと受け取ると、小倖はそれに目を落とした。 夕樹は何一つ言葉を発さない。 相手を急かしてはいけないのだと分かっていた。
「しっかし、これだけ混んでいると大変だよね。 ・・・あ、決まった? どれ?」
「・・・」
小倖は不思議そうに首を傾げながらも、決まったものに指を差す。
「おぉー! 生姜焼き定食か、美味しそうだね! 俺はラーメンにしようかと思っていたけど、迷っちゃうな。 とりあえず買ってくるね、ここで待ってて!」
「・・・あの」
と、何か声をかけられたような気がしたが、夕樹はピューっと小走りで料理を取りにいった。 券売機で買うのは生姜焼き定食を二つ。
ラーメンより艶とテカりに惹かれた、というよりは同じものを選ぼうという気持ちが勝ったのだ。
―――小倖さん、ちゃんとコミュニケーション取れてるじゃん。
―――ここまでちゃんと接したの、俺が初めてかも。
まともな会話はできていないが、意思疎通は言語でのみ行うわけではない。 夕樹からしてみれば、小倖は日本語の通じない外国人のようなもの。 言葉を交わせなくても問題はない。
―――でも、生姜焼き定食って意外だな。
―――サンドイッチは戦争だから、今日は定食系が買いやすくて楽だけど。
注文してしばらく、生姜焼き定食を二つ慎重に持ちながら夕樹は確保した席へと戻る。
「はい、どうぞ。 お金はいいから、俺が奢るよ」
「え・・・」
財布からお金を出そうとした小倖を、手で制しながら言った。
「ただ、ごめんね。 飲み物を聞くの忘れちゃって。 何がいい? ちょっと買ってくるよ」
「今度は、私が買うから」
首を横に振り小倖が立ち上がる。
「え? あ、いいよいいよ。 そんなに気を遣わなくて」
「・・・」
―――・・・あー、こういうのって、相手に甘えた方がいいのかな?
―――怖いもんね、ずっとタダで何かをもらうのは。
「分かった、じゃあお言葉に甘えて。 俺は麦茶でいいよ。 今度は俺が、ここで待っておくね」
小倖が頷いて席を離れると、それを狙ったかのように近くから声がかかった。
「夕樹ー」
「ん? ・・・うわッ、後ろにいたの!?」
「お前ら、何でいい感じになってんだよー。 俺だけコミュニケーション取れてないって、おかしくね!?」
春人は教室で、一人無視され滑り倒したことを未だに気にしているようだった。 だがそのおかげで、少しずつコミュニケーションが取れているという可能性もある。
「小倖さん、思ったよりも接しやすいよ? ね? 聖」
「まぁ」
聖も笑わせることはできなかったが、手応えを感じた組である。
「それはお前らがおかしいんだ! つか、夕樹は女子を喜ばせる作戦かー。 上手くいきそうだなぁ・・・」
だが、それでも夕樹はここから笑顔にさせるのは大変だと思っていた。 数分後、小倖が飲み物を持って戻ってくる。 春人と聖は、静かにしていないといけなかった。
人形のようにひっそりと、それでもしっかり耳を澄ませながら。 そんな二人を気にしないよう、夕樹は食事へと向き合う。
「いただきまーす! ・・・んッ、めっちゃ美味しい! 小倖さんと一緒のものを頼んでよかったー」
「・・・」
「ねぇねぇ。 前から思っていたんだけどさ、俺の夕樹っていう名前と小倖っていう苗字、かなり似ているから何か親近感が湧かない?」
「・・・うん」
「俺、自分の名前が気に入っているんだ。 小倖さんも“ユキ”って入っているし、綺麗な名前だよね」
「うん。 ・・・私も、気に入ってる」
「もしも俺たちが結婚したら、コユキユキでユキユキになっちゃうね!」
「・・・え?」
「いやいや、何でもないよ」
流石に自分も恥ずかしくなり、慌てて誤魔化した。 話をしていると、あっという間に食事は終わってしまう。
「ご馳走様。 今日は、奢ってくれてありがとう」
「え・・・。 ッ、うん! よかったら、また誘ってもいい?」
「・・・」
「やった! ありがと!」
小倖は返事をしなかったが、確かに頷いた。 それは次の誘いを、受け入れてくれるということだ。 教室へも一緒に戻ろうと思っていたが、ふいに背中を叩かれたためここで別れることにした。
「おい。 腕を出して袖を捲れ」
「・・・え? ・・・うん。 って、痛ったぁぁぁ!」
春人に言われるがままに腕を捲ると、皮膚を強くつねられ声を上げてしまう。
「誰が次の約束をしていいって言った? ズルいぞ」
「もー! 寧ろファインプレイでしょ!? 約束を取り付ける流れだったし」
「いや、今のはただの抜け駆けだった。 それに、何で俺は無視されたのに会話ができてんのさ!」
春人はどうやらご立腹のようである。 といっても、本気で憎んでいるわけではないのも分かっていた。
「春人はトップバッターだったし、あれのおかげでちょっとずつ心が緩んでいったんじゃない?」
「え? あ、や、やっぱりそうかな? いやぁ、はは、俺の手柄が大きいよな。 うんうん」
「・・・」
“やれやれ”と思っていると、聖がボソリと言った。
「中々手強いな。 惜しいかと思ったけど」
「笑わせるってなるとね・・・」
「じゃあ、今度は三人で策を練ってみるか。 勝負は引き分けっていうことで」
それを聞き、春人は少しだけ不満そうに眉をひそめた。
「引き分け、引き分けかぁ。 まぁ、それでいいか! 帰りのホームルームまでに作戦を考えるぞ」
「おっけ。 じゃあ教室へ戻るか。 そろそろ時間も、いい頃合いだし」
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