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三人に付いてくるよう、小倖は歩いている。 おそらく先導してもらっているつもりなのだろうが、三人も迷子みたいなものだ。
神社までは小倖の尾行をしていたのだから、道順など気にしている余裕はなかった。
「モバイルバッテリーがあればなぁ。 二人共、持っていないの?」
「持っているわけがないだろ。 夕樹みたいに、学校で動画を見たりなんかしないんだから」
「現在地は分からないけど、春人の地図だけが頼りだな」
春人の携帯は位置情報は取得できないが、それ以外の機能は普通に使える。 ただ地図を見ても、自分がどこを歩いているのかよく分からないのが問題だ。
―――えっと、あのコンビニがここだよな・・・。
春人はコンビニを目安に進んだのだが、余計に迷っていることに気付いていない。 コンビニは、日本に無数に存在するのだから。
「ねぇ・・・。 小倖さんに、携帯を持っていないか聞いてみた方がよくない?」
夕樹の不安気な提案に、春人は首を横に振る。
「それは駄目だろ。 それにほら、そこにちゃんとコンビニがあるだろ? 俺たちは上手く進んでいるんだよ」
「ちょ、見せて。 ・・・あれってセブンピレブンだよ? 春人が見ている地図だと、パミリ―マートになっているけど」
「嘘ッ!?」
本当だった。 居抜きで再利用した可能性もあるが、地図の表示と目の前の建物は明らかに違う。 そうすると、今までの道も全て間違っているようだった。
「もう駄目だよ! あとは小倖さんッ・・・! って、あれ・・・?」
「いないな。 聖、一番後ろを歩いていただろ? 小倖さんはどこへいった?」
「いや、知らないぞ。 あまり後ろをじろじろ見ると、マズいと思ったから」
「あー、もう! 道は迷うし、小倖さんは見失うし!」
「夕樹だって、小倖さんのことを確認していなかっただろ!」
「おいおい、二人共。 今は仲間割れは止そうぜ。 とにかく、すぐに小倖さんを捜し出さないと!」
こうして三人は、小倖を捜し始めた。
一方小倖は――――というと、小さな寂れたゲームセンター横でリーゼント、マスク、長ランといった時代錯誤したかのようなヤンキーたちに、絡まれていた。
春人たちと離れていたため、一人で歩いていると思われたようだ。
「お嬢ちゃーん。 ここがどこだか分かってんの? ヤンキーがたくさん集まる場所だよー。 にもかかわらず女の子一人でここにいるって、何? もしかして、誘われにきたのー?」
リーゼントをフランスパンのように振りながら、小倖に詰め寄っている。 その文句は古臭く、常人なら噴き出してしまいそうな幼稚さだが、小倖は一人俯いて黙っていた。
「風牙(かぜきば)隊長、この女ここらの制服じゃないっすよ! 多分、おハイソでいいところのヤツだ!」
「うっほほー! びんびんだぜぃー!」
"かぜきば"ときた。 せめて"ふうが"なら、もう少し格好が――――いや、大して変わらないだろう。 しかも風貌からすると、明らかに30歳を越えている。
「あれ。 よく見ると君、結構可愛い顔してんじゃん。 ずっと俯いているのが勿体ないくらいだねー。 じゃあ、とりあえず行くかー」
と話しているところを、春人たちは目撃する。 といっても、ブロック塀の角に隠れているだけなのだが。
「迷っている暇はない、助けに行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 流石に危険だって! 警察を呼んだ方がいいんじゃ」
「俺たちが助けに行くのが一番早い。 それに、あれはただのコスプレだろ? あんなに老けたヤンキーが実際にいるもんか」
「春人、俺は何をしたらいい?」
「俺が男たちの気を自慢のトークで引く。 だから聖は、その間に小倖さんを匿ってくれ」
「小倖さんの前で滑り倒した自慢のトーク、ね。 了解了解」
「え、え、俺は!?」
「俺が気を引いている間、夕樹は男たちの背後に回って何かしらの攻撃をしかけてくれ。 派手なのがいい。 アイツらも流石に冗談では済まないことをやっているんだから、文句は言えないだろ」
「はぁ!? 何それ! 一番危険な役目じゃん! それに俺、殴り合いの喧嘩なんかしたことがないし!」
春人は首を振り、目を瞑った。
「殴り合いの喧嘩をするわけじゃない。 それに夕樹が一番運動神経がいいんだ、適材適所だろ。 夕樹が好きな光冴様のダンスを真似て、自由に動けばいい」
「光冴様の真似・・・。 それならイケるかも」
「見失う前に行くぞ!」
まず飛び出した春人が、男たちの前に立ちはだかる。 遠目で見て何となくは感じていたが、その恰好とは裏腹に顔付きは普通だった。 それでも大人が三人ともなれば、そこそこの威圧感は感じる。
「その子は俺の連れなんですけど、何をやってんすか?」
「・・・え? しまった・・・」
かぜきば隊長と呼ばれたリーゼントの男が、唇を噛み締める。 三人組は何故か円陣を組むと、ぶつぶつと話し合い向き直った。
「その割に、お嬢ちゃんは貴様に助けを求めようとしないようだが?」
貴様。 春人は初めて使われた呼称に、少々驚きつつ言い返す。
「小倖さん、聖のところへ」
「あ、うん」
「これで問題ないだろ?」
聖の背中に小倖が隠れたのを見て、風牙隊長を睨み付ける。 正直、春人としてもここに現れた時、小倖が助けを求めなかったのが少々不満だったのだが、動いてくれたことにホッとしていた。
「貴様、なかなかやるな! どうやら人質は回収されてしまったが、さて、この後はどうする予定だったかな? マスク」
「はい、ええっと・・・。 名乗りですね! 我らの名前を名乗りましょう」
春人は、身体の力が急速に抜けていくのを感じた。 何故か分からないが、緊迫感が全くないのだ。
「僕たちはぁ・・・」
「隊長、僕だと格好が付きません」
「あ、ごめん。 我らこそはぁー!」
「エターナルキーック!」
「あだぁッ!?」
「た、隊長!?」
風牙隊長が名乗り上げようとしたところで、夕樹のドロップキックがさく裂し吹っ飛んでいった。 植え込みに突き刺さり、リーゼントだけが見えている。
「やった! 上手くいった!」
「いや、流石にやり過ぎじゃないか・・・? まぁ、いいか。 よくやったな!」
「歌舞伎みたいに、片足を上げていたから仕方がないよ。 っていうか、何をやっていたの?」
「いや、分からない。 どうせ大したことじゃないだろ」
マスクと長ランは、風牙隊長を引っ張り出した。 その際、リーゼントが小枝に引っ掛かり鳥の巣みたいになってしまっていたが、自業自得というべきだろう。
「くッ、不意打ちとは卑怯だぞ!」
「卑怯なのはどっちだ! 一人の女子を狙うだなんて、人として最低の行いだ!」
夕樹が吠える。 ドロップキックをかましたことで、アドレナリンでも出ているのか強気になっているようだ。
「・・・ッ」
「言っておくけど、この後警察に突き出してやるからな!」
「え・・・」
「ちゃんとアンタたちのことは写真に撮ったし、証拠にもなる!」
「お、おい、夕樹・・・」
「春人は黙ってて!」
春人が止めようとしたが、夕樹は止まらない。 特に怪我をしたり何かを盗られたりといったことはなかったため、警察に突き出すまでは考えていなかった。 だがそれは、男たちに随分と効いたようだ。
「「「すんまっせんしたーーーーーー!!」」」
更にそれでも、春人と夕樹は驚いた。 三人組の男たちが、道路に並んで綺麗な土下座をしているのだから。
「俺たち実は・・・かくかくしかじかうんぬんかんぬん」
話を聞くに、どうやら彼らは高校生ではない――――見た目からして分かっていたのだが――――らしい。
ただ青春時代をいじめられて謳歌できなかった三人組で、大人になってできなかったことをやろうとし、思い立ったという。
ヤンキーの格好を真似たのも、自分たちから最も離れていた人種になったら、どんな気分かを知るため。 それで気が大きくなって、ついやってはいけないことをやってしまったというのだ。
もちろん手を出すつもりはなく、ただ話すだけのつもりだったというが、それでも小倖にとってみてはただの恐怖の対象でしかない。
「大人なんだから、善悪は考えてください。 もし俺たちが本当に警察を呼んでいたら、大変なことになっていましたよ」
「本当に悪かった・・・」
「まぁ、小倖さんさえよければこれで終わりにするけど・・・。 どう?」
「別に、怪我もしていないし」
「ありがとうございます! それで、えぇと、写真は・・・」
風牙隊長の恐る恐るといった言葉に、夕樹はあっけらかんと答える。
「写真なんて撮っていないよ? ただの脅し文句で言っただけ!」
「「「えぇーーーーーーッ!?」」」
三人はよろよろと崩れ落ちる。
「これに懲りたら、もうこんなことはしないこと。 本物の不良に絡まれる可能性もあるよ。 そしたら、ただでは済まないかも」
「確かに。 本当に申し訳ありませんでした」
「思い切り蹴っちゃってごめんね」
夕樹はテヘッと笑いながら、そう言った。 これで一件落着だ。 男たちも反省しているのか、肩を落とし去っていった。
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