花火

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 ある晩、僕は花火大会だということをすっかり忘れて、夜の散歩に出かけてしまった。 河川敷までやってきて、腰を下ろし対岸を眺めていた。 いつもよりも岸は明るく、活気づいていた。 僕は遠い記憶の中に、その情景があった。 赤い提灯が吊り下げられてたくさんの出店と、人が行きかうその景色を。  何だったかな…。 必死に思い出そうとしたその時だった。  向こう岸が一気ににぎやかになったのだ。 何事かと思うと同時にドンと大きな音が響き渡った。 僕の嫌いな音だった。 大きな大きなその音は花火だった。  早く帰らなくちゃと思ったけれど、僕の体は強張って思うようには動いてくれなかった。 仕方なく、耳に手を当てて丸くなった。 始まったばかりの花火大会。 早く終われと心の中で願っていると、後ろから透き通った声が聞こえた。  「あらあら。花火が怖いの?もう怯える年でもないでしょう?大丈夫。そばにいてあげるから。」 声の主が僕の頭に手を乗せた。 「うるさい!」 僕は強がって彼女に言い放った。 だけれど、僕の震えた声は彼女のよく通る声とは違い、大きな花火の音にかき消されてしまった。  「私のうちにいらっしゃい。みんな歓迎してくれるわよ。」 彼女は僕に「さあ、立って。」そういうと僕の頭をポンポンと二回やさしく撫でた。 彼女といたことで体に入った力が抜けて、ゆっくりと立ち上がることができた。  彼女に置いて行かれないようにとまだフラフラの足で必死についていく。 花火の音が遠くなっていく。 僕たちの足音がよく聞こえるようになってくる。  「さっきは、うるさいだなんていってごめん…。」 僕は彼女に謝った。 「ふふ。まだ声が震えてるわよ。」 謝って損をしたと少し思った。  彼女の家に着くと、彼女の家族は笑顔で歓迎してくれた。
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