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そんなで出会った日のことは、昔のことだったような…最近のことだったような…。
僕はもう、母や実の兄弟のことはよく覚えていない。
最後に残っている記憶は、僕を突き飛ばし、他の兄弟の上に覆い被さった母の姿だ。
空から降ってきた黒く大きな“何か”から、僕たちを守ろうとしてこの世を去った姿だ。
思わず耳を塞ぎたくなるようなひどく大きく、恐ろしい音があたりに響か渡った。
その日は、最悪にも花火大会の日だった。
そして、彼女に出会う1年前のことだ。
母や実の兄弟との別れ、彼女との出会いを、子どもたちが嬉しそうに振り回す手持ち花火を眺めながら思い出す。
振り回せば彼女が怒る。
それは、日常そのものだった。
僕は彼女の膝の上に乗る。
「あらまあ!ふふふ。」
嬉しそうに彼女が僕の頭を撫でる。
僕もまた、それがうれしくてゴロゴロと喉をならす。
心地の良い彼女の手に頬を寄せる。
僕はあの日、彼女の猫になった。
そして、子どもたちの兄弟になった。
家族になった。
どうして、この家まで僕のことを連れてきてくれたのか。
まるで彼女は初めから僕のことを知っているようだった。
彼女のことだ。
あの日出会う前から、僕のことを知っていたのかもしれない。
彼女になぜ僕なのかと聞いたところで、僕の言葉は彼女には届かないだろうし、彼女に届いてもニコニコとほほ笑んでろくな答えは返してくれないだろう。
彼女は、そういう人間なのだ。
ただ、僕は彼女にならついて行ってもいいと思った。
僕らがお互いを選びあった理由など、それほど重要ではなく、その程度のものなのだろう。
僕ら猫に流れる時間と、彼女たち人間に流れる時間の速さは違う。
違う時の流れを歩む中、僕たちは出会った。
彼女たちのゆっくりと流れる時間に、僕の急ぎ足の時間を重ねて僕らは生きていく。
僕はいつか彼女の年を追い越して彼女はそれに追いつけない。
出会ったあの日の様に、彼女が僕に置いて行かれないようにと必死に歩いても、走っても、追いつこうとしても、それは無理な話なのだ。
彼女はこれから先、どんな幸せに出会って、どんな恐怖に身を固めるのだろう。
もし、恐怖のあまり、体が強張ってしまうことがあったなら、僕は彼女にすり寄ってこう言おう。
「もう怯える年でもないだろう?大丈夫。僕がそばにいるから。」
了
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