神の在る国

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神の在る国

 上空から見る海は、何処までも果てしなく広がっていた。  カザハヤが目覚めたとき、セイレアはすでに息絶えていた。  何があったのかはすぐに解った。セイレアは命がけで、捕らわれたカザハヤを助け出してくれたのだ。  涙が溢れ出して止まらなかった。こんな気持ちは初めてだった。もっとたくさん話をしておけば良かったと思う。セイレアがどんなに辛い立場にいたか解ってあげられるほど、大人であれば良かったと思う。  何よりも、この気持ちが何なのか、解らないのがもどかしい。裏切られて心が痛むなんて、思いもしなかったのだから……。  薄い雲を突き抜けて、そのまま更に上へ進むと、翼が妙にざわざわと騒いだ。  何かある。  もっと上だ。  雲を遥か下に臨み、翼が騒ぐほうへ上昇を続けると、膨大な風の流れを翼が感じた。  とても強い偏西風――ジェット気流だ。  カザハヤは、迷うことなく気流に乗った。これほどの風を翼に含ませるのは初めてだった。  西から東へ、翼も体力も使わずに、その流れの帯に身を任せる。  この方向でいいのだろうか。  だが、神の降りて在る大陸が何処にあるのか知らないのだから、取り敢えず、行ける方へ行くしかない。  そして……。  セイレアの考えは正しかった。  上空から大陸を出るのに、何の障害も見当たらなかった。眼下の景色を見る限り、元の大陸に戻っている気配もない。今はもう、さまざまな色の海と、千切れた雲……それだけが果てしなく広がっている。  どれくらいそうしていただろうか。さすがに体が冷たく凍り、白い霜が貼りつく頃、海の端に陸地が見えた。  戻ってしまったのだろうか?  不意に、そんな不安が脳裏を過った。  だが、次第にそうではないことが見て取れた。  大陸と呼べる規模の陸地だが、カザハヤの生まれた大陸とは、明らかに形状が違っている。  激しく胸が高鳴った。ついに、外の大陸に辿り着いたのだ。  同時にこんなことも考えてしまう。セイレアもきっと見たかっただろうと。  陸地は北へ向かって次第に大きく広がっているようで、このままでは、通り越してしまう。  カザハヤは、偏西風の帯を抜け出そうと、風に任せていた翼に力を込めた。――と、その時、それが目に付いた。 「何だ、あれは……」  その大陸の更に東に、霧のような塊が見えたのだ。――いや、もちろん、海の上に霧が出ていても不思議ではない。  だが、その霧は、上空から見ると、とても正確な丸い円を描いていた。海上からドーム型に設えられた霧の囲いのようにも見える。  その不自然さに眉をひそめ、カザハヤは考えるでもなく、その霧の方へと気流を抜けた。  大きさは、カザハヤのいた大陸の五分の一くらいだろうか。降下し、近づくにつれ、それが霧以外の何物でもないことが見て取れた。海を渡って来たのであれば、間違いなくそれは、海に漂う自然な霧に見えただろう。  だが、上空から来たカザハヤには、何か得体の知れないものの様な気がしていた。  第一、どうすれば、海の上に大陸規模の真円が描けるのか解らない。もちろん、誰かが創ったとしての話だが。  誰か――そう。たとえば神とか。  カザハヤは、霧に触れる位置まで近づいてみた。  翼の起こす風に散らされるような、そんな希薄な霧である。  だが、それは目の前にある部分だけで、上空から見れば、少しも欠けてはいないだろう。ここから見ても、その先に何があるのか、少しも見えない。  誰かが、行け、と後押しをする。  カザハヤは、目隠しされたような霧の中へ、ゆっくりと翼をはためかせた。
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