幸を掴む

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「うわ、臭い!何だよこの不潔なペットショップは!」 店に入ってきて早々、小さなお客さんはそう叫んだ。慌ててその子のお母さんは、コラ!と叱りながら子供の口を塞いだ。 ご主人様は引きつった笑顔を浮かべて親子を見ている。内心は物凄く怒っている事だろう。 親子は店内をじっくり見て、結局誰も買わずに店を出ていった。 「タクミ、結局ペット買わないの?」という母親の問いかけに、「だって、この店の動物臭くて汚いんだもん!」と子供が答えたからだ。母親は慌てて、すみませんすみません!と逃げる様に子供を連れて帰って行った。 子供は正直だ。僕も耳を見て笑われた。 ご主人様は親子が帰った後、店のカウンターを思いきり殴り、失礼なガキめ!と憤った。 本当の事だし、失礼ではなくない?と思った。数日前に死んだペルシャ猫は、結局どうして死んだのか分からない。でも、この過酷な環境も死因に関係あるんじゃないかなと僕は思っている。 『せっかくお客さんが来ても、これじゃ誰も買って貰えないよ…』 ハムスターの言葉に、店内の動物達は絶望的な顔をした。僕もそうだ。だが、すぐに気持ちを切り替えた。諦めて暗い顔をしてたら、本当に買って貰えなくなる。不潔でも、いつかご主人様に選んで貰いたいならせめて元気でいなければ。そしてその考えは、すぐに実を結んだ。 数時間後、店に綺麗なお姉さんがやって来た。花柄のワンピースを着て、ハイヒールをカツカツ鳴らして店内を見渡す彼女は、やがて鞄から財布を出してご主人様に話し掛けた。 「この片耳が欠けた柴犬をください。あと、散歩しながら帰りたいのでそこに掛かっているリードもください」 ご主人様は目を丸くして驚き、そしてすぐにはい!ただいま!と僕をケージから出した。 店内中の動物が驚き、鳴き出した。 『あいつ、売れただと?』 『良いなー!私も出して!』 『羨ましい!もう汚い環境やだー!腹へったし!』 「てめーら!うるせえ!!」 ご主人様の一喝で、店内は静かになった。 お姉さんが賑やかですねと言うと、失礼しましたとご主人様。 「しかしまあ、こいつで本当に良いんですか?」 僕にリードを着けながら、ご主人様が問い掛けると、 「はい、この子に決めました」とお姉さん。 僕はご主人様とお姉さんの様子を、久しぶりに動くレジスターの音を聞きながら見ていた。自分が選ばれた実感はまだ無い。 本当に?僕はここからさよならなの? 支払いを終えたお姉さんは、僕に繋がったリードを手に取り、これからは私がご主人だよと言い、歩き出した。引きずられない様に、僕も歩き出した。みんなの声が背中に当たる。 『ちくしょー!良いなー!』 『さようならー!元気でね!』 『幸せになれよ!』 「あ、そうだ」 お姉さんが急に振り向いて、元ご主人様にこう言った。 「店員さん、この店衛生観念ゼロだから、ちゃんと掃除してご飯もあげて下さいね。動物達が可哀想ですよ」 言われた元ご主人様は、顔を真っ赤にして震えていた。 僕はみんなにワン!とさよならの挨拶をし、お姉さんと共に店を出ていった。
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