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帰り際、
「お前、もう喧嘩なんてするんじゃねぇぞ」
と言われて別れたが、結局、辰にはその道しかなく、再び喧嘩をする日々を送っていた。
年の離れた大人に一度優しくされただけなのに、辰の中にはあの手の温もりが忘れられずにいた。
また会いたい、その思いから夜の街を歩くたびに彼の姿を探した。
二度目に出会ったのはやはり雨の日で、黒いスーツ姿であった。
「あ……」
松原以外にも数名、今まで辰が喧嘩をしてきた相手とは明らかに格が違う猛者たちにぞくっと鳥肌が立つ。
出会う前は怖かったが、その姿に胸が熱く高ぶる。
「なんだぁ、このガキ」
いかつい男が辰の胸ぐらをつかむ。
「待て。よう、坊主。またエサが欲しくてきたのか?」
大きな手で頭を撫でる。辰は覚えていてくれたことが嬉しくて、
「はい」
つい大きな声が出てしまう。
「わかった。俺はちょっとこいつと飯食ってくる。松原、行くぞ」
「はい」
周りの男たちが一斉に頭を下げる。
向かった場所はこの前のラーメン屋とは違う高級そうな中華料理店だった。しかも案内されたのは個室だ。
「あの、俺」
「まぁ、座れや」
男がポケットから煙草を取り出して咥えると、つかさず松原がライターの火を煙草につけた。
テレビでこんなシーンを見たことがあるが実際にするんだなと眺めていれば男がにやりと笑う。
「坊主よ、あそこで何をしていた?」
だが、次の瞬間、すっと目が細められて射るように見られた。
冷汗が流れる。これはヤバい誘いだった。
「俺はっ」
あの日、優しくされたからと勘違いしてしまった。
調子に乗るなと男は言いたいのだろう。
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