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わかっている。この人は普通の人ではないことを。
それでもまた会いたいと思ったのだろう、そう自分を叱咤する。
「もう一度、あなたにっ、会いたかった、んです」
つっかえながらも気持ちを伝えると、男の表情がみるみるうちにくずれた。
「ひゃぁ、何、この可愛いの」
指をさして震える男に、
「わかります。この人、若い奴をこうやってたらしこむから」
腕を組み頷く松原に、
「えぇ、何、俺ってたらしなの?」
とやたら嬉しそうな顔をする。
「……あのぉ」
この状況を飲み込めず、困惑する辰に、
「なぁ、俺に会ってどうしたいわけ?」
「俺を傍においてください」
その想いしかなかった。
「坊主よ、俺の職業、なんとなくわかってるよな?」
「はい」
「やめとけと言いたいところだが、坊主はまっとうに生きれねぇか。松原、面倒見てやれ」
彼の元にいられる。それが嬉しくて辰は叫び出したいほど嬉しかった。
「まったく、目ぇきらきらさせやがって。いばらの道へいくってぇのに」
まいったねと腕を組んで苦笑いを浮かべた。
それでも辰は彼の傍にいたい。今まで何のために生きているかわからず過ごしてきた。
だが、これからは彼のために生きよう。
「坊主の名前は?」
「西藤辰です」
「そうか。よし、松原、面倒を見てやれ」
「はい」
それからご飯を腹いっぱい食べさせてもらった。
「明日からここに書いてある住所の場所へこい」
一枚の名刺を手渡された。
それを受け取った後、まっすぐアパートへと帰ると布団に寝ころび名刺を眺める。
会社名と取締役社長の文字、そして男の名前が書いてある。
「えっと、よろこぶ、くた?」
勉強をまともにしたことがない辰はまともに名前すら読むことができない。
スマートフォンを手にし検索をすると、「きくた」と表示される。
「喜久田さんか」
その名刺を大切そうに抱きしめて、ずっと嬉しくて笑っていた。
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