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にわか雨
色んなジュースをぶちまけたような店だった。
カラフルな食べ物のような何かが籠にドンと積まれて売られており、看板も赤と緑というなかなか独特な配色センスを持っているようだった。
「……ここは?」
「一階が乾物屋で、二階が俺の寝ぐらだ。ここならドゥーショは手出ししてこない。」
リェン=ドゥーショ。この街の住人なら、少なからずその名前に嫌悪感を示す者もいるだろう。
「……なんで、言い切れるんですか。」
「奴らにはちょっとした貸しがあるんだよ。……おいマメじじい、ちゃんと店番しとけよ。」
マメじじいと呼ばれた老人は確かにイメージ通りの容姿で、僕が建物に踏み込むや否や、いきなり間近で顔を見つめてきた。
「えらく澄んだ目をしたガキだな。迷子か?」
「ま、当たらずも遠からずって感じだな。」
正直早く帰りたい気持ちも捨てきれなかったが、僕はマメじじいに軽く会釈をすると、ヒューゴさんの後を追って二階へと上がった。
「お前、なんでビスケット配ってたんだ?」
実に唐突な質問だった。
恐らく、さっきの廃教会を出た後のことを言っているのだろうが……。
「別に」ここだけ言って、少し言い籠もった。僕が何の為にビスケットを配るのか、それを僕自身が理解していなかったからだ。
自然と、顔が下を向いていた。
「何がってわけじゃないんですけど。」
「まぁ、そう構えるな。尋問じゃねぇ。ただの世間話だ。」
尋問。フッと、乾いた笑みが零れそうな響きだ。もっとも、ヒューゴさんから僕の表情は見えないだろうが。
なんてことを考えていると、またヒューゴさんが口を開いた。
「フィラフトは、俺のダチ公だったんだ。」
突然懐かしい言葉が聞こえて、僕はふと顔を上げる。
大男が、神妙な顔立ちでそこに座っていた。
強ばっているのか、はたまた泣き出してしまいそうなのか。理不尽を嘆いているような、そんな表情だった。
「……僕は。その、みんなみたいに闘ったりとかが、ちょっと苦手で。だから、これくらいしか、出来ないのかなって。」
伝わっただろうか。吐き出してしまうと、案外スッキリするものだな、なんて思った。
少し遠回りした気もするが、漸く分かった。この人は敵じゃなくて、僕の味方なんだ。
「僕、フィラフトさんが殺された時、港にいたんです。……でも、僕は物陰から見ていただけで、何も出来なかった。ベントレーから出てきた男がフィラフトさんを撃ち殺した時も、足がすくんで動けなかった。」
ここまで言い切って、ハッとヒューゴさんの方を見た。ところが、意に反してヒューゴさんは真剣な顔で、僕の目を見ていた。僕の言葉を待っていた。
「……結局、フィラフトさんは死んで、僕が生き残ってしまった。せめて弾除けになれたら――なんて、そんな勇気も僕にはなかったけれど。」
そこまで言って、なんだか空っぽになった気分だった。自然と笑みが零れる。
本当に弱いな、僕は。ヒューゴさんが望んでいた世間話というのは、こんな物寂しいものだったのだろうか。
「お前は、何のためなら命を差し出せる?」
ヒューゴさんの語りかけに、結局僕は答えなかった。質問の答えは、まだどこにもない気がした。
彼の気高き目は、一体僕の何を見ていたのだろう。
「気をつけて帰れよ――。」
心底優しい顔になったヒューゴさんを背に、僕はその場を後にした。
「僕の命に、値段がつくだろうか。」
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