4.パート清掃員・高見朋世

3/3
前へ
/32ページ
次へ
「ええ。今日はね、彼女、かなり泥酔してて、意識失って大津駅で倒れてたんですわ。こけたときに頭を打ったみたいで、駅員が見つけたときには、出血して顔中血だらけで。で、何針か縫って、今もまだ、眠ったままです。まあ、脳の検査も異常はなくて、生命にも別状はなさそうなんですけどね」  信じられない。理佐は、確かにアルコール臭がすることはあっても、仕事を抜け出して、ましてやすずを放ったらかしにしてまでお酒を飲みに行くような人じゃない。しかし朋世は、いきなりのことにどう反応していいか解らず、固まったまま上原の話を聞いているしかなかった。 「これ、仕事中に抜け出して、飲酒してたんは事実でしょう。もしかしたら、一人じゃなかったかもしれませんなあ。誰か、男かがいたとか――まあ、それは追々調べます。でも、何にしたって、仕事中に娘を放ったらかしにして、お酒を飲みに行くような母親に、子どもを育てられるとは思えません。しかもこれ、今回が初めてのことじゃないんで」 「初めてじゃないってどういうことですか? 過去にもあったってことですか?」 「過去って言うても、つい最近のことですけどね。八月末に一度、今回と同じように酔って転倒して、一一九番通報されとるんですわ。まあそのときは、かすり傷程度で大きなけがではなかったんですがね。そのときは娘さんも一緒やってねえ」 「でも、酔っぱらうことくらい、誰にでもあるんちゃいます? 飲まなやってられへんことやって――」 「男やったらまだしも、女が、しかも母親やのに、そんなんいかんでしょう。ともかく、前回のときに母親は子家センと約束しとるんですわ。《お酒を止める》って。でも、今回、その約束が破られとるんでね」 「子家センって――子ども家庭支援センターですか? もしかして、理佐さん、すずちゃんに虐待したと思われてるんですか? そんなことありません。彼女が、すずちゃんに暴力を振るったりするなんて――」 「あのね、暴力だけが虐待じゃないんです。前にも、子どもを放ったらかしにして餓死させた母親が居ったって、ニュースでやってたでしょう? お酒飲んで娘を放ったらかしにするんは育児放棄に当たる、りっぱな虐待なんですわ」  上原は手帳をパタンと閉じ、大きな身体をゆすって立ち上がった。朋世もすぐさま立ち上がり、「待ってください」と声を張り上げた。 「私を、理佐さんとすずちゃんに会わせてください」 「それは無理ですな」 「なんでですか?」 「これは、法律に基づく子家センの強制措置やからです。誰が何と言おうと、子どもは強制的に保護します。これは子どものためなんです」  上原は踵を返し、結局一言も発しなかった同僚らしき他の二名を引き連れて、再びエレベーターに乗り込んでいった。  それを見送るしかできなかった朋世の胸を締め付けていたのは、罪悪感だった。どうして気付いてあげられなかったんだろう。どうして力になってあげなかったんだろう――。  
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加