2.救急隊員・小倉恵実

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 身長は一六〇センチ程度か。やせぎすの体格。蒼白い顔。速乾タイプの白無地のTシャツに、ひざ丈のジャージ。サンダルは左足だけ。「南救急です。どうしました?」村尾の問いかけに応答なし。しかし首を動かす反応はあり。通報では意識なしとのことだったが、そのときから回復したのか、あるいは通報者がそう勘違いをしたのか。  要救助者の対応を村尾と井原に任せ、恵実は傍にいた通報者から話を聞く。曰く、最寄り駅の方から帰宅途中、フラフラしながら歩く要救助者とすれ違った。強いアルコール臭がした。すれ違ってから少しして、背後で大きな音がした。慌てて振り返ると、要救助者が転倒していた。駆けつけると、彼女は嘔吐し、呼びかけにも反応しなかったため、一一九番通報をした。  外で飲んだ帰りか。それとも家で飲んでいて、酔い覚ましに散歩でもしていたのか。恵実はその時間、嘔吐、呼びかけに反応なしという部分だけを手の甲にメモする。  他方、井原が搬送選定に入っていた。一番近い病院はリハビリ専門病院だから選定から除外。ここからなら、県立総合医療センターか、大学病院か。「南救急です。一名、搬送依頼です。女性、二十代から三十代。転倒。頭部に打撲痕あり。擦過傷からの出血微量。意識レベル三〇。嘔吐あり。酒気帯び――」井原の表情は、手応えなしという曇り顔だった。案の定、どちらにも断られ、大津市外の病院まで選定に入る。 「ご苦労様です」と自転車に乗った警察官が現れた。一一九番通報は、自動的に管轄の警察署にも転送されることになっており、状況に応じて臨場してくる。白髪交じりの警察官は、自転車のかごから女性ものの長財布と右足用のサンダルを取り出した。 「すぐそこの自販機の前に落ちてたんで。多分、この人のでしょうなあ」  警官は言い、あからさまに顔をしかめる。「女の子がこんなに泥酔するなんてなあ」呆れたように呟く。 「財布の中に、身元が解るものとか、入ってました?」恵実が問う。 「まだ見てへんねん。ちょっと待ってや――ああ、これか」  警官が取り出した免許証を受け取る。名前は本谷理佐。年齢三十一歳。現住所はここから徒歩十分ぐらい。スマートフォンにはロックがかかっていて、画面を開くことができず、よって家族の連絡先が解らない。警官は「ちょっと、自宅の様子を見てきますわ」と言うと、乗ってきた自転車にまたがった。  搬送選定の結果が芳しくない井原の前で、本谷理佐が嘔吐する。村尾は要救助者の前では表情を変えない男だが、これで帰りの救急車の車内での悪態は確定だ。 「本谷さん、お名前、本谷理佐さんで合ってる?」  村尾が尋ね、彼女は虚ろな目で頷く。 「病院、ちょっと遠くなると思うけど、大丈夫? 家族と連絡、取れる?」 「――病院は、行かなくていいです」理佐は答えた。
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