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南の表情は、今まで真壁にかけられたどんな尊敬の言葉よりも雄弁だった。
この手のからかいに対する嫌悪。自分の感情を勝手に規定されることへの怒り。恐らく彼女は、真壁に対する恋愛感情も持ち合わせていない。
南は冷ややかな目を閉じ、愛想笑いで「そういうわけじゃないです」とだけ答えた。サークルに所属してから数ヶ月しか経っていない身の上で、「からかいに過剰反応する面倒くさい後輩」というレッテルを貼られたくなかったのだろう。
ただ、不快感を露わにしたあの表情は、真壁だけが見た幻覚ではない。大多数のサークルメンバーは南がその手の話を嫌うのだと理解したようで、彼らの軽い謝罪によってその場は丸く収まった。
この数日後、南に突きつけられた言葉は今でも覚えている。
「あたし、真壁さんは歌が上手いから、そうなるよう努力してる人だから尊敬してるんです。あたしが、好きな人に振り向いてほしいから嘘つくような、浮ついた人間に見えたんなら心外です。もちろん見返りも求めてないので」
彼女は、自分の賛辞が届かなかった理由を察知したらしい。真壁は横っ面を叩かれたような気分になった。
南はずっと、本当のことを言っていた。信じなかったのは真壁の方だ。真壁から信じなければ、南がどんな言葉をかけようと嘘になる。
信頼関係があれば彼女の言葉を受け取れていたはずだと真壁は思っていたが、その信頼関係はどうすれば築いていくことができるのかという話だ。自分から相手を信じなければ始まらない。真壁から南を信じることが第一歩なのだ。
真壁は南の賛辞を真正面から受け取ることにした。最初は照れ臭くて挙動不審になってしまっていたが、そのうち賞賛だけでなく、歌唱に対する厳しい指摘も飛ぶようになった。
他の人間から言われていれば、自信のない真壁は必要以上にへこんでいただろう。しかし、南からの言葉だと思うと、前向きに受け取って糧にしてやろうという気持ちになれた。それは彼女のことを信じていたからだ。
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