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「真壁さんとは、たくさん話してても、長い時間一緒にいても、変な雰囲気にはならなかった。そりゃあ最初は真壁さんも疑ってたみたいですけど、一回しっかり言ったら分かってくれたじゃないですか。それより前にも、変にアプローチかけてくることはなかったし。あたし、それが一番嬉しかったんです」
「今まではそうじゃなかったってことか?」
「そうですね。高校時代に、尊敬できる男の先輩がいたんですよ。その人は合唱部で、音程を正確に当てつつ表現も付けられる人で……歌が上手い人だったんです。事あるごとに褒め称えてましたよ。言葉にしないと、本人にはきちんと伝わらないと思ってたので」
思ったことを表に出さずにいられないのは、自分の感情に素直な南らしい。彼女の内面には疚しいところがないのだろう。羨ましいことだと真壁は思った。
「あたし、それ以上の感情は一切抱いてませんでした。本人にも周りにもちゃんと伝えてあったんですよ。それなのに、その先輩から突然告白されたんです。まあ断ったんですけど、それっきり先輩とは気まずくなって、話すことがなくなりました。……一回そういう雰囲気になると、今まで通りではいられなくなってしまうんですよね」
南は寂しそうに言葉を紡いだ。
南は先程、『異性に向ける感情を全部恋愛感情だと誤認する』人のことを馬鹿だと言っていた。それは本当に、誤認と言えるのだろうか。真壁は今更ながら疑問に思う。
南が彼に友人であることを求めたように、先輩も南に恋人であることを求めた。ただそれだけの話だ。
南は恋愛感情を抱いていなかったかもしれないが、相手もそうであるとは限らない。人の感情はコントロールできないまま、変化していくものだ。誰を責めることもできない。巡り合わせなのだろう。
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