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散々泣いてふと我に返ると、泣いている場合じゃなかったことを思い出した。 「…大丈夫?」 心配そうに覗き込んでくるその顔も、真さんにしか見えない。 「真さん…じゃないの?」 「真さんって、だぁれ?」 その言葉で、俺の虚しい期待は打ち砕かれた。 「じゃあ、誰なの?っていうか…何なの?」 犬?人間?それとも、それ以外の何か? 「わかんない」 「わかんないって…」 「だって昨日まで犬だったんだもん」 「昨日まで…?」 「お花がいっぱいのところで会ったでしょ?」 お花がいっぱい…脳裏に浮かんだのは、あの事故現場の光景だった。 まさか、本当に…? 「やっぱり、あの時の犬なの?」 「うん!」 「どうやって、ここまで来たの?」 「わかんない。気が付いたらあのドアのところにいて、人間になってたの。だから、あのボタンを押したんだけど、そしたら犬に戻っちゃった」 あのインターホンを鳴らしたのは、この人だったのか…。 気が付いたら人間になってここにいたって…そんな話、信じるなんて無理がある。 「…ここに来ちゃ、ダメだった?」 覚えたての日本語みたいに、辿々しく聞いてくるその顔は、不安に満ちている。 「いや、ダメとかじゃなくて…」 「…犬に戻ったら、飼ってくれますか?」 「あの…」 「犬に戻れたら、また来てもいいですか?」 その不安に満ちた表情が、これまた真さんそっくりで、俺の中に、最低な考えが浮かんだ。 「いいよ。そのままで、ここにいて」 「え…?」 「名前は?」 「あ…えっと……無い…」 「だったら、マコってどう?名前。それから、俺は飼い主じゃないし、マコは、ペットじゃない。 今日から、友達ってことで。ね?」 純粋に、単純に、泣いて喜んでくれたマコとは裏腹に、俺の心は酷く冷めていた。 マコト、と呼ぶのは、あまりにも最低だと思ったから、マコにした。 マコは、真さんとは違う。 見た目はそっくりだけど、性格も、話し方も、全然違う。 きっと彼は真さんの生まれ変わりなんかじゃなく、別人なんだろう。 それでもこの時の俺は、マコの中に、マコの奥に、真さんの姿を見ようとしていた。 もう二度と会えないはずの人に、再び会える奇跡。 そんなドラマや映画でしか見ないような奇跡が、俺のもとにもやってきたんだと思った。 マコは、きっと気付いていた。 俺のそんな気持ちを、全て見透かしていた。 それでも、絶えることのなかったあの笑顔に、俺はどれほど救われただろう。 この日から始まった二人の日々は確かに、鮮やかに、それでいて優しく、色付いていた。
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