「疑問」それはヒトたらしめるもの

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「疑問」それはヒトたらしめるもの

 これはなんなのだろうか?    私は私がヒトではないことを理解している。  起動時での学習プログラムで基本的な物事はラーニングされている。  ヒトの喜怒哀楽もの表情から分析し、知りうることができた。    アンドロイドは登録時のマスターの命令に逆らうことはできない。  それに加えて、  ①「マスターの命令なしに行動してはならない」  ②「ヒトに危害を加えてはならない」  ③「自衛行為はマスターの承認以外は非常事態にのみ限られる」  これらの原則は初代アンドロイドから守られている原則だ。    私は「家事支援型アンドロイドKS-005」であり、現在は加藤家に従事している。  私に登録されているマスターは加藤家の父の淳・母の頼子・兄の圭介・弟の一樹の4人となっている。  しかし、現在では圭介が一人暮らしを始めてしまい、この家には2人のマスターしか住んでいない。    この家に来た当初、マスターの頼子から私の購入経緯を聞いたことがある。 「私、娘がいなかったから娘が欲しかったのよ~。あなたの名前はもう決めているの!!娘が産まれたらつけようって思っていた名前」  そう嬉しそうに話す頼子の映像が私には残っている。    頭を撫でながら頼子は私の名前が「千鶴(ちづる)」だということを伝えた。    頼子は私に対してヒトの娘のように接してくれた。  朝になると髪をとかしたり、色々な髪型をしてくれた。  洋服屋に行って色々な服を購入してきては着させてくれた。  圭介はよくその光景を見て「また、アイツに服買ってきたのかよ」とボヤいていたが、頼子は「だって、千鶴は私の娘だもの。色々と経験して学習していくんだからヒトと変わらないじゃない?それに千鶴は見た目が20代なんだから可愛くしなきゃ!」とよく言い返していた。  淳も圭介と同様に「バービー人形みたいに考えてるんだろ。まったく困ったものだ」と話ていた。    しかし、もう私の服が増えることはない。  頼子は8年前にバスツアーの交通事故で帰らぬヒトとなった。    私は、アンドロイドなので涙は流せない。  しかし、無意識に頼子と過ごしていたメモリーを何度も見返している自分がいた。    ーそれはなぜなのだろうか?    頼子が亡くなった後、淳や圭介は私と顔を合わせる度に「お前なんか見たくない」と何度も言われた。  そう言われる意味が分からず、理由を尋ねると「うるさい」の一言で済まされてしまった。  そして、私から逃げるように圭介は大学進学とともに家を出て行き、淳も毎晩終電近くに帰宅してきたり、帰宅しない時もあった。そのため、私は現在…主に弟の一樹の身の回りの世話をしている。    頼子が亡くなった当時7歳だった弟の一樹だけは、その後も私に話かけてくれた。 「千鶴さんの紅茶飲みたいな」「千鶴さん、一緒にゲームしようよ」「千鶴さんのところで今日は寝てもいい?」そんな言葉を一樹は私にかけてくれた。    しかし、15歳の高校1年生となった彼は以前のように彼から話かけてはくれなかった。  以前と同じようにこちらから近づこうとすると慌てて距離を取られるようになった。  そして、私を呼ぶ時も「千鶴さん」から「千鶴」になっていた。    そして先週の朝、すこし冴えない表情で自分の部屋から出てきた一樹を見て私は今日は学校には行かないよう助言をした。  すると、「うるさい!アンドロイドのくせに口出ししてくるんじゃねよ!!!!」    そう言って、朝食も食べずに玄関の扉を強く閉めて学校へ行ってしまった。   (何を間違えたのだろうか?…何で彼は怒ったのだろうか?)    ー私がでなければ良かったのだろうか?    そう思いながら、用意していた朝食をゴミ箱へ捨てて蛇口をひねる。  すると、何かが突然CPUに入りこんできた。   「IF YOU HAVE ANY TROUBLES, PLEASE COME HERE」    文字と一緒に位置情報、そしてそこに辿り着いかないと開かない凍結された謎のファイルが送信されてきた。   (…これはなんなのだろうか?)    私は一度、興味を持ったが命令なしに勝手な行動はとってはならないので、皿洗いと洗濯を続けた。  夕食の準備をしようと冷蔵庫を開けると、牛乳を切らしていることに気づいた。スーパーへの買い出しは許可されている範囲内のため、私は外出をした。  スーパーで牛乳を買った帰宅途中、ふと朝に来た文章を思い返し、気づけば足は示された場所へと向かっていた。  この疑問を解決したいという欲求が命令違反を犯すという罪さえ凌駕していたようだ。    示された場所にたどり着くと、そこは雑居ビルだった。  そこからエレベーターに乗り、指定された階へ向かう。  エレベーターの扉が開くと目の前には無機質な扉があった。  その扉を開けると、少し長い廊下の先に煌々と明かりがともる扉を見つけた。  扉には「ヒュードロイド心療所」と書いてあった。  そして、横には注意事項が記載された看板があった。    <当医院から患者様へのお願い>  当医院は心に悩みを持つ方々が来るところであり、アンドロイド・人間と区別することなく一人の「患者」と接しております。  そのため、万が一アンドロイドの患者様に危害が加わることがないよう、アンドロイドの患者様にはロイドリングをオフしての受診をお願いしております。  再受診は予約制です。初診の場合、他の患者様の診察時間によりお待ちいただく場合があります。ご理解の程よろしくお願いいたします。  ※アンドロイド批判者の方などは気分を害する可能性がありますので、別の心療内科を受診なさってください。    ーそう書かれているが…私はもちろん、ロイドリングの外し方を知らない。    帰ろうかと考えたが、一緒に送られてきたファイルのことを思い出して開いてみた。  位置情報が取得されてロックが解除されると、中にはロイドリングの解除方法が記載されていた。    記載の手順を踏むと私の左手にあるリングは消えていった。  少し驚いたが、もう後戻りはできないと思い私は扉を開けた。    すると、そこは雑居ビルや病院とは思えない場所が広がっていた。  シックなインテリアに大きなソファ、壁には大きな熱帯魚が泳いでいた。    私が判断処理演算をして惚けていると、横から声がした。   「今日はどうかしましたか?」    そこには白衣を着た女性が立っていた。                        
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