第5話 山荷葉の少女と死にたがり

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第5話 山荷葉の少女と死にたがり

 『死んだら駄目』とか、『きっといいことがあるから』なんて絵に描いた綺麗ごとより、鏡宮さんの言葉は、僕にはずっとずっと綺麗に聞こえた。  もしかしたらそれは僕がずっと欲しかった言葉かもしれない。 「だから、私は自殺する人を心底軽蔑しないよ。なぁんて、偉そうなことを言っても、私も君と同じ自殺未遂者だから説得力ないよね」  そうか、だからなのか、鏡宮さんは僕と同じことを経験していたから、綺麗に聞こえるんだ。  だけど、結局生き方の答えが見つからない現実は、僕の傍を離れない。 「だけど、僕はどうすれば……」 「何でもすればいいと思うよ」  鏡宮さんは部屋の中をくるくると回り、まるで潮風と共に踊っているように見えた。 「こう考えたらどうかな? 昨日までの自分はあの時死んだの、今ここにいる自分はたった今生まれたの、だから何だって出来る。具体的には……そうだね……」  うーんと唸り考え込んだ鏡宮さんは再び窓に向かって歩き出しす。 「例えば、あそこに行ってみることだって出来るんだよ」  鏡宮さんが空を指した先は、半透明で空に映し出された惑星スペクリム。  もしかして宇宙飛行士にでもなれるって言いたいのかな? 「そんなの無理だ。ニュースで言っていたけど、物凄い遠くにある惑星だって言っていた」 「そうかな、君が思っているほど空間的にはそんなに遠くないよ。この恒星系のオールト雲の直ぐ外、光の速さで2年っていたところだよ」  他の星に比べればね、と鏡宮さんは添えて言う。オールト雲の事はよく分からないが、そう言われるとなんだか近いようにも聞こえない事も無い。 「私はね。子供の頃からずっと傍にいた人が亡くなって、ずっと塞ぎこんでいた私は、ある時自分の身を海に投げていた。その時君と同じように藻掻いて、溺れている自分に気が付いたんだ」  鏡宮さんは結局救助されて助かったと、微笑で見せる。  なんで笑っていられるのか分からない。辛かったんだろう。苦しかったんだろう。そのことは今の僕は痛いくらいによく分かった。 「今でもね、実のところ死ぬのは怖くないんだ。でも、その時思い出したんだ。その人がこの世界の神秘に惹かれていた事を、この世界が神秘に満ち溢れているって言っていたことをね」  太陽に手を翳す鏡宮さんの顔は、実に晴れ晴れとして、まるで窓の外に見える夏空の様に明るく輝いていた。 「そしたら急に死ぬことが勿体ないって思っちゃったんだ」  勿体ないなんて、そんなこと今まで一度も考えたこと無かった。  世界が神秘に満ち溢れている。それが本当なら、どうせ死ぬのであれば、死ぬ前に一度見てみたい。 「そうだね。どうせ一度死のうとした命だし、見れるものなら見て見たい……かな」  鏡宮さんの柔和で穏やかな言葉は、不思議とそんな思いにさせる。そんな魅力があった。 「じゃあ、そしたら見て見る?」 「え?」  考え事をしている最中に話を振られて、僕は思わず間抜けな返事を返してしまう。 「この世の神秘、だよ」  鏡宮さんは平然とスペクリムに向かって指を差している。  鏡宮さんの仕草の意味がよく分からない。 「いったいどういう事?」 「こっち来て」  鏡宮さんは僕の手を掴んで、笑顔で部屋の外へと連れ出した。  桜色のパステルカラーの壁紙と微かに艶めいているフローリングの廊下を軽やかな足取りで進む。 「ところでさ、そろそろ教えてよ。君の名前」 「あ、ああ、僕は鷹野(たかの)宙人(そらと)。宇宙の『宙』に『人』って書いて宙人(そらと)って読むんだ、クラスは2年1組」 「へぇ~隣のクラスだったんだぁ、どおりで見たことがあると思った」 「それよりここは鏡宮さんの家なんだよね」  17年種子島に住んでいるけど、一度も見たことのない家に思えてならない。 「そうだよ。 旧種子島空港の傍の土地を買って建てたの、それがどうかした?」 「いや、鏡宮さんって本当は何者なんだ?」  鏡宮さんの不思議な魅力に少し惹かれているのが僕は自分でも分かった。  金髪の髪からして欧米人の血が流れているのは分かるが、なんというか雰囲気が浮世離れしていた。  ある部屋の前に止まった鏡宮さんは、顎に指を当てて、う~んと唸る。 「何ていえば良いのかなぁ~ 貴方達が言う『スペクリム』から来たって言ったら信じる?」  少々不安げな表情で、鏡宮さんは僕を覗き込んでくる。  不思議と僕は驚かなかった。それどころか昨日海岸で見た鏡宮さんの姿を思い出し、逆に納得してしまった。 「そんなこと無いよ。君の耳の長い姿を見てしまったから……」 「あ~やっぱり見られちゃってたかぁ~、こっちの水に触れるとたまに解けちゃうんだよねぇ~、まっ! いいかっ!」  一度は肩を落とした鏡宮さんは意を決したように耳を押さえる。  再び開かれた手から、ぱぁっと花が開くように長い耳が露になった。長さで言うと手首から中指の先ぐらいまでの長さだった。
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