捨て魔法少女と母

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捨て魔法少女と母

 ◇  それから数十分後。 「ここがカイトさんのお家ですかぁ。うん、思っていたよりも綺麗で安心しましたっ」  リビングに入るなり、偉そうな感想を述べる自称・魔法少女。  あのまま公園に置いていく事もできたが、成り行きに任せて連れ帰って来てしまった。やっぱり置いてくればよかったと後悔したけれど、それも今では後の祭り。気まぐれで似合わない優しさを見せた過去の自分をぶん殴ってやりたい。 「おい、ホームレス魔法少女」 「ノラです。なんです、カイトさん」  俺はソファに腰掛け、輝いた目で家の内装を見渡しているクソガキに声をかける。 「お前、なんで俺以外の人間に見えてねぇんだよ」 「あれ? やっぱり気づいてました?」 「鏡でも見て来い。そのナリで町ん中を歩いてて、誰も気づかねぇはずがねぇだろうが」  公園から家に到着するまで、周囲の人間は誰一人としてこいつに視線を送ってこなかった。最初は偶然かと思っていたが、コスプレ女が不良と一緒に歩いていたら誰だって一瞥くらいはする。それすら無かった事実を鑑みて、こいつが俺以外に見えていないと推理するのは三流ミステリー作家が書いた小説の謎を解くくらい容易だった。  自称・魔法少女はえへへ、と微笑みながらカーペットに座り、俺に向かって口を開く。 「じゃあ私を拾ってくれたカイトさんには特別に、私の秘密を少しだけ教えちゃいます」 「拾ってねぇ。てめぇが勝手についてきただけだ。雨が上がったら出てけ」 「またまたぁ。そんなこと言ってどうせ内心は『こんな可愛い女の子を拾えてラッキー、グフフッ』とか思ってるんでしょーぅ?」 「前言撤回だ。今すぐ出てけ」  そしてもっと強まれ、雨。 「ヤですっ。私はこの家とカイトさんを気に入りましたので、拾われ先はここにしますっ」 「てめぇはどんな権限を持ってそのうるせぇ口をきいてやがる」  世界が自分を中心に回転してるとでも思ってんのかこいつ。 「ま、そんな事は置いておいてー」 「置いとくな。どっちかというとそっちの方が俺にとっては重要なんだよ」 「カイトさんの言う通り、私はあなた以外の人間には見えてませんっ」 「シカトすんじゃねぇよ。吹き飛ばされてぇのか」  そう言うが、自称・魔法少女は気にする様子も見せずに言葉を続ける。 「簡単に言うとですね、私はこの世界に住む人間の内、三人にしか姿を見せられないんです。本当はもっと複雑な理由があるんですけど、その辺は面倒くさいので割愛します」 「いやそこは説明しろよ」 「ぶっちゃけカイトさんに言っても分からなそうだったので端折りました」 「今すぐ元の世界に帰ってしまえ」  こいつは俺をなめてんだな。ぶっ飛ばしたい気持ちは迸るほどあるけれど、またあの手品みたいな力を使われたら勝ち目は無い。俺は鋼の意思でその衝動を抑える。 「続けまーす。私は三人にしか姿を見せられませんが、見せられる相手は自由に選べるんですっ。だからあの公園で一人で雨に打たれながら、拾ってくれそうな人間を探してたんです」  ぐすん、と泣き真似をする自称・魔法少女。他の少女なら心を痛める場面かもしれないけれど、こいつがやると単純にウザさが増すだけなのが非常に残念だった。 「そこで俺が現れたってのか」 「そうなんですよっ!」  嬉しそうに言う自称・魔法少女。対する俺の口から出るのは深いため息。 「ちなみに三人以上の人間に見られるとどうなんだ?」 「死にます」 「マジか。そりゃやべぇな」 「私じゃなく、私を見た人間が死にます」 「てめぇは死神にでも再就職しやがれ」  どんだけ理不尽な設定を抱えてんだこの女。 「今のは冗談です。えへへ、カイトさんは意外と純粋なんですねー」 「うるせぇ。真顔で冗談言うんじゃねぇっつーの」  本気で勘違いすんだろうが。あと笑って誤魔化すな。 「つまり、私が何を言いたいかというとですね」  自称・魔法少女はそう言って、カーペットから立ち上がる。 「カイトさん、私はあなたに拾われなければならないんですっ」  それから左手を腰に当て、人差し指を立てた右手をビシッとこちらへと向けてくる。しかし、その言葉には違和感しかない。いったいこいつは何様のつもりなんだ。 「どうでもいいが、てめぇはこの世界に何をしに来やがった」 「それはまだ秘密です。とにかく、私はこの世界で生きていかなければならないんです。とりあえず雨風を防げる場所を提供していただけるなら、それでかまいません」 「そんならやっぱ俺じゃなくてもいいだろうが。もっと優しい奴に拾われて来い」 「ヤですっ! 私はカイトさんに拾われるって決めたんですからっ!」 「なんでだよ」 「私がカイトさんに拾われたいって思ったからですっ」 「だからそれが意味分かんねぇって言ってんだよ」 「カイトさんは分からなくてもいいんですーっ!」 「ああ、もうめんどくせぇな。いい加減に──」 「魁、人…………?」 「しやが、れ」  口早に並べられた御託にムカつき、無理やり追い出してやろうかと思った時、リビングの扉の方からビニール袋が落ちる音と聞き覚えのある声が聞こえてくる。 「…………」 「…………?」 「…………(滝のような汗)」  そして、リビングに流れる静寂。自称・魔法少女は突然現れた人間を驚いた様子で見つめていた。声の主も、この世の終わりを眺めるような目をこちらに向けてくる。 「……おい、文無し魔法少女」 「ノラです。なんですかカイトさん」 「てめぇ、さっき俺以外の人間には姿を見せねぇって言ったよな」 「はい、言いました」 「じゃあ、あの人間にはてめぇが見えてねぇんだよな」  身体の動きを止めたまま、俺はそう問いかける。 「ごめんなさい。あまりにも突然だったので、ギリギリ透明になれませんでした。てへっ」  すると、そんなふざけた回答が帰って来る。その時点で俺は覚悟を決めた。 「か、魁人が……」  リビングの扉の前に立つ人間は、顔を俯けながら小さな声を零す。数秒の間を置き、露わになるその驚愕の表情。そして。 「魁人が、いけない趣味に目覚めちゃってるーっ!?」  普段よりも早く帰宅した母親は、見知らぬ金髪少女を連れ込んだ息子()に向かって、そう言った。  ◇  それからすぐに緊急家族会議が開始され、俺は母親に対して身の潔白を全力で主張。しかし、母親は涙を流しながら『不良に育てちゃったのも反省してるのに、まさかこんな犯罪にまで手を出しちゃうなんて』という独り言を零すだけで、話を一ミリも聞いてはくれなかった。  この女が異世界から来た魔法使いだ、と言えるわけもなく、咄嗟に思いついた嘘で目の前にある状況を説明。だが、俺の語彙力では上手く現実を湾曲させる事ができず、それが余計に犯罪臭を漂わせてしまうという最悪の結果に。なんてこった。  仕方なく腹をくくって真実を話すと、これが予想外に好感触で最終的には母親の納得を得てしまった。これまたなんてこった。 「そう。つまり、ノラちゃんはこの世界に迷い込んだ魔法使いさん、なのね?」 「そうなんです、お母さま。そんな私を拾ってくれたのがカイトさんだったんです」 「拾ってねぇっつってんだろ」  食卓に座り、俺たちは緊急家族会議を続ける。隣には話の中心にいる自称・魔法少女。テーブルの向かい側には、奴をめずらしそうな表情で眺める母親が座っている。  どうでもいいが、こうして母親と面と向かって会話をするのは数カ月ぶりだった。 「でも、本当に信じてくれるんですか?」  自称・魔法少女は不安げな顔で母親に問いかける。 「もちろんよ。お母さん、昔からそういう話は得意なの」  そして、朗らかな微笑みとともにそんな答えが返ってくる。理由は分からないが、どうやらこの親は見知らぬ金髪少女の話を本気で信じたらしい。 「じゃあ、私を拾ってくれますか? しばらくの間、ここに泊まってもいいですか?」 「もちろんいいわよ。好きなだけ泊まって行きなさい」 「おい、ちょっと待て」  とんとん拍子で話を進ませる二人の間に俺は割って入る。魔法使いという設定を信じたのは百歩譲って見逃せるが、その話に関しては簡単に通していい案件ではない。 「どうしたの、魁人」 「どうしたの、じゃねぇよ。むしろあんたがどうしたんだよ。マジでこんなガキを家に住ませる気か?」 「ダメなの? だって、ノラちゃんはカイトが拾ってきたんでしょ?」 「ちげぇよ。こいつが勝手にそうほざいてるだけだ」 「あー、もう。またカイトさんはイジワルするー」  そう言いながら頬を膨らませる自称・魔法少女。事実を言っているはずなのに意地悪と称される意味が、俺の思考回路では理解できない。 「てめぇは黙ってろ。で、どうなんだよ。念のために言っとくが、こいつはでまかせを吐いてて、俺たちを都合よく利用しようとしてんのかも知れねぇんだぞ」  横にいるうるさいクソガキを黙らせてから、再び問う。すると母親は俺の顔と自称・魔法少女の顔を交互に見て、もう一度口を開いた。 「別にいいじゃない。本当に他の誰にも見えていないのなら、困る事なんて無いでしょう?」 「カイトさん。この女性は本当にカイトさんのお母さまなんですか? こんな良い親に育てられたのに、どうして息子はこんなにやさぐれてるんです?」 「だからてめぇは喧嘩売ってんのかコラ」  母親の声を聞いて超失礼な言葉を口走る自称・魔法少女。今すぐぶっ飛ばしてやりたいが、そんな事より大事な話があるのでこんな奴に気を取られてる暇はない。 「それに、こーんな可愛い子が嘘なんて吐くはずないじゃない」 「ほらーっ、言ったでしょカイトさん!」 「だからてめぇは黙ってろっ!」  母親の発言により、この女が勝者になりそうな方向へと話は進んでいく。 「じゃあゆっくりしていってね、ノラちゃん」 「はいっ。よろしくお願いします、お母さまっ」 「ふふ、そんなに他人行儀じゃなくていいのよ。気軽に、って呼んでちょうだい」  微笑みを浮かべ続ける母親に、自称・魔法少女は勢いよく椅子から立ち上がって言った。 「はいっ────おかーさんっ!」  その声がリビングに響いた瞬間。今まで笑い顔を絶やさなかった母親は、急に顔を背けて目の辺りを手で触り出す。 「? どうしたんですか、おかーさん」 「え? ああ、ちがうの。ちょっとゴミが入っちゃったみたい。あはは……ごめんね」  母親の言葉に、自称・魔法少女は首を傾げる。それが、誰に向けた『ごめんね』なのか分からないというように。 「……くだらねぇ。勝手にしろ」 「あ、ちょっとカイトさん。どこに行くんですか」  そんな母親の姿を見ていられず、俺は立ち上がり、リビングを後にする。後ろから自称・魔法少女の声は聞こえてきたが、追って来る事はなかった。  それから外に出て、宛てもなく街を歩き出す。雨上がりの夕暮れ。橙色と藍色が混じり合う空はこの心情を映し出しているようで、見つめていると無性に腹が立った。 「よーし、家まで競争するぞっ」 「あー、待ってよお兄ちゃんっ」  すれ違う、ランドセルを背負った兄妹。足を止めて振り返り、走り去って行く二つの背中に向かって唾を吐いた。それから胸の中を占拠するこの蟠りを言葉にする。 「くだらねぇ」  ああ。本当に、くだらない。
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