幼馴染みと不法侵入者は紙一重

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幼馴染みと不法侵入者は紙一重

 ◇ 「あかりさんは素敵な女性でしたねー。野良やんきーのくせにあんな人間を好きになるだなんて、カイトさんはおこがましいです。ちょっとは反省してください」 「なんでてめぇにそんなこと言われなくちゃいけねぇんだ。ハリ倒すぞ」  時は過ぎ放課後。いつも通りの帰り道がいつもとは違う景色に見えてしまうのは、たぶん隣を歩いているこの金髪女の所為。それ以外の要因がどうやっても思いつかない。  あれから午後の授業はすべてサボり、普段と同じように学校での一日を終わらせた。  昼休みに姿を消した自称・魔法少女は、俺が帰ろうとしても現れなかった。だが、無視して家路に着いた直後、謎の白い光とともに俺の前に登場。驚いて声を上げたら近くを歩いていた女子生徒が涙目でこっちを見てきた。あの女子には本当に申し訳ない事をした。  それもこれも全部、このクソガキの所為。 「ところでカイトさん。このクレープという食べ物もおかーさんのオムライスと同じく悪魔的に美味しいのですが、どうすればこんなものを作れるのでしょう。もしかして、特定の人間は美味しいものを作れる魔法が使えるのですか?」 「知らねぇよ。つーか食いながら喋んな。舌噛むぞ」 「はっ、すいません。お行儀が悪かったです」 「わかりゃいいんだよ」 「まさかカイトさんに諭されるだなんて微塵も思いませんでした」 「そのままずっと喋ってろ。勢いあまって舌を噛み切れ」  口もとに生クリームを付けたまま歩いている自称・魔法少女にそう言い、何度目か分からないため息を吐く。ちなみに、俺は左耳に携帯を当てながらこいつと喋っている。独り言を喋りながら町中を歩いたら確実に捕まってしまうので、これはそうならないための冤罪対策。非常に面倒くさいが、こうするしかなかった。沈黙を知らないこの女を永遠に無視し続けるのは、きっと釈迦でも無理だろう。  家路を辿る途中、このクソガキは『カイトさん。そういえば私、お昼ご飯を食べるのを忘れていました』とか言い出し、面倒なのでシカトしていたら今度は『魔法で人間を全裸にする事は可能でしょうか……?』という不気味な呟きが聞こえてきた。  それからこの女は道中の公園内にあった移動販売のクレープ屋を見つけ、あれが食べたい、と駄々捏ねを開始。反論するも『これ以上待たせたらカイトさんをここで全裸にします』という謎の脅迫を受け、俺は仕方なくクレープ屋へ。注文してクレープが出てくる間、バイトの女は終始怯えてた。ガチガチの不良が一人でクレープを買いに来るなんて、地球が一日に二回転するくらいめずらしい出来事だったに違いない。 「カイトさんはあかりさんとお付き合いしないんですか?」 「てめぇは藪から棒っつー言葉を知ってるか」  こいつの場合、藪からアイアンメイデンをぶん投げてくるレベルで話が突飛だ。 「ヤブカラ棒? 何かの武器ですか?」 「武器じゃねぇよ。知らねぇならいい」  そう言うとたしかになんかの道具みたいに聞こえるけども。 「で、どうなんです? 男の人ならあんな女性とお付き合いしたいんじゃないんですか?」  自称・魔法少女はキラキラした瞳で俺を見上げてくる。控え目に言ってぶっ飛ばしたい。 「バカかてめぇは。んなわけねぇだろ」 「えー、恥ずかしがらなくていいじゃないですかぁ。本音を言っちゃってくださいよー。『俺、本当はあいつを押し倒したい』とか恥ずかしい事も、私にだけは言ってもいいですからぁ」 「てめぇは俺に何発殴られてぇんだ」  今なら腕が上がらなくなるまで殴り続けられる気がする。 「だってぇ、あんなに可愛くて性格が良い学生はあの学び舎にいませんでしたよ?」 「何の根拠があってんな事をほざきやがる」 「私はあそこにいる全員を見てきましたからっ。違う世界に住む種族が気になるのは当然ですっ。しっかり人間観察してきましたっ」 「人間観察のやり方が全然ちげぇよ」  ドヤ顔でそう言ってくる自称・魔法少女。もしかしたら、こいつにとって人間の価値は動物園にいる動物とさほど変わらないのかもしれない。 「あんなに素敵な女性なのに、カイトさんは恋人にしたいとか思わないんですか?」 「…………」 「ねーぇ、カイトさんってばー」  しつこいその声を意識からシャットアウトして家路を辿り、なんとか家に到着した。この女はマジでひっきりなしに喋りやがる。口にマシンガンでも付いてんじゃねぇのか。 「お、そうこうしているうちに我が家に到着したじゃないですか」 「てめぇの家じゃねぇ。いいから早く元の世界に帰れ」 「ヤです。今はここが私の家ですからっ」  どうやらここまで潔く開き直られると腹も立ってこないらしい。いや、むしろ腹が立ちすぎてこれ以上立つ腹も無いのかもしれない。立つ腹って何だよ。  空の駐車場を見る限り、両親はまだ帰っていない。普段なら気にならないが、今日は早めに帰って来てほしかった。あの二人ならサバンナを縦横無尽に駆け回るチーターのようなこいつを、上手く相手してやれるだろうから。 「さぁ、早く入りましょうっ。中に入ったらあかりさんの事を話してもらいますからねっ!」 「うるせぇなてめぇは。どうやったらそのテンションを一日中保てんだよ」 「なに言ってるんですかカイトさん。これが私の普通ですよ?」 「てめぇがいた世界は年中祭りでもやってんのか」  自称・魔法少女に急かされ、俺は玄関の鍵を開ける。  どうすればこいつから解放されるのか、と考えながらドアを引いた。 「────やっほ」  しかし、一度開いたドアは高速で閉まる。  冷静になれ、俺。このクソガキと訳の分からない話をしていた所為で、頭が混乱してるのかもしれん。幻視と幻聴を同時に体験するとはさすがに思わなかった。 「ねぇカイトさん。いま中に誰かいませんでしたか?」 「ば、バカかてめぇ。んなわけねぇだろ」 「でも、私には見えました。あれはたぶん、エプロン姿のあか」  と、自称・魔法少女が言いかけた時、閉めたはずの玄関のドアが内側から開かれた。 「ちょっと! なんで閉めるのよっ!」  そして現れる不法侵入者。ていうかあぶねぇ。うっかりこの自称・魔法少女と喋ってるところを見られるところだった。咄嗟に携帯を耳に付け、俺はその不法侵入者に告げる。 「これから警察に通報するところだこの泥棒女。てめぇ、人ん家で勝手に何やってやがる」 「なぁに、その言い方。人がせっかく晩ご飯作ってあげに来たっていうのに」 「は? お前、今なんつった?」  意味不明な供述をする不法侵入者に問いかけると、奴は勝ち誇ったような顔を浮かべる。 「だから、今日はあたしが魁人のご飯を作ってあげるの。昨日の夜おばさんに『仕事が遅くなるからお願い』、って言われたのよ」 「あのクソババァ…………っ!」  嬉々としてこいつの携帯に電話をかけている母親の顔が目に浮かぶ。さっき屋上に来たのはこれを伝えるためだったのか。伝えられてねぇけどな。  人の家に勝手に上がり込んでいた女──あかりは、どうやら俺が母親からその話を聞いてないと悟り、あえてあの場で伝えず俺にサプライズしようとしたらしい。 「ほら、突っ立ってないで入るよ。今日はあたし特製のカレーを食べてもらうんだから」 「はぁ? なんで俺がそんなもんを食わねぇと」  む、殺気──?  「カイトさん。彼女のお願いを断ったら、どうなるかは分かっていますよね?」  背後から聞こえてくる、その脅迫。背中に杖を突きつけられているのが感覚的に分かった。 「もし断れば、この場でカイトさんを全裸にする魔法を使います。問答無用です。だから頷いてください。ほら早く。それとも、好きな女性の前で醜態をさらしたいんですか? カイトさんはそんな変態やんきーさんなんですか?」  こんのクソガキ。俺が何も言えないのをいい事に好き放題言いやがって。  しかし、ここで俺があかりの申し出を断れば、この自称・魔法少女は間違いなく何らかの魔法とやらと使ってくる。本当に全裸にさせられるかどうかは分からないが、それに限りなく近い仕打ちを受けるだろう。さすれば、俺がしなければならない事はひとつ。 「ちっ……わーったよ。勝手にしろ」 「お、今日はめずらしく魁人が素直だ。なぁに? 何か良い事でもあったの?」  俺がそう答えると、あかりは笑いながら顔を見上げてくる。俺の背後にいるクソガキの姿が見えたら、そんな言葉は口が裂けても言えないだろうに。 「ちげぇよ。むしろその逆だ」 「うん? まぁいいや。まだ作り始めた途中だったから、もう少し待っててね」  あかりはそう言って、先に家の中に入って行く。  俺は声があかりに届かなくなるまでの間、その場に立ち尽くしていた。 「状況はなんだかよく分かりませんが、私としては好都合です。これであかりさんとカイトさんの関係を知る事ができますっ。じっくり観察させてもらいますからね?」  自称・魔法少女はさっきよりもテンションを上げている。対する俺のテンションは厳しい現実に絶望して、奈落の底へと紐無しバンジージャンプしてしまったらしい。 「なんでこうなった」 「まぁまぁ、好きな女の子と一緒にいられるのならそれでいいじゃないですか」 「だから好きじゃねぇっつってんだろうが」 「はいはい。さぁ、入りますよ。私はあかりさんを観察しなければならないんですからっ」  自称・魔法少女はそう言って、開けたままになっていたドアから家に入って行った。 「おっと。家では靴を脱がなければならないんでしたね。危ない危ない」  脱いだピンク色のドレスシューズを綺麗に並べる自称・魔法少女。  その姿を見て、俺はため息を吐いてから家に入る。  靴を並べるのなんていったい何年振りだ、と思いながら、脱いだ革靴を揃えた。  ◇  台所の方から聞こえてくる陽気な鼻歌。俺は黙ってソファに座りながらそれを聞いていた。センターテーブルの向こう側では、金髪のクソガキが俺とあかりの顔を交互に見比べながらニヤニヤしている。死ぬほどぶっ飛ばしたい。  自分の部屋で待っていてもよかったのだが、それではこのクソガキが何をするのかが分からない。そういう訳で仕方なくリビングで待つ事になり、今に至っている。 「暇ならちょっとは手伝ってよ」 「めんどくせぇからやだ」  台所からあかりの声が聞こえてくるが、俺は即座に断る。手伝うのが嫌だったというわけではない。俺が台所に行けば、もれなくこのサイコパス少女も一緒についてくるからだ。 「ふーん。なら魁人のやつは辛くしちゃおー、っと」 「おい、あんま余計なもん入れんじゃねぇぞ。普通に食えるもんを作れよ」 「どうしよっかなー。手伝ってくれないならこの魔法の粉を入れちゃうよ?」 「魔法の粉? んだそれ」 「なんかね、耳かき一杯入れるだけで魔王が倒せるくらい辛くなるんだって」 「てめぇは俺を殺す気か」  ソファに座ったまま台所の方を振り向くと、緑のエプロンを纏ったあかりが何かが入った小瓶をこちらに掲げていた。どうでもいいが、魔法の粉と聞いた自称・魔法少女は『魔法の粉? 魔王を倒せる? まさか、あかりさんは魔女(ウィッチ)なんですか? もしくは錬金術師(アルケミスト)?』と、興味津々な表情を浮かべてそう言い始めた。んなわけねぇだろバーカ。 「ふふん。嫌なら手伝いなさ──いたっ」 「ん? おい、どうした」  問いかけると、台所に立つあかりは困ったような笑みを浮かべてこっちを見てくる。  なんとなく分かる。あれは、あいつが何かをやらかした時の顔。 「あはは、指をちょっと切っちゃった」  あかりはそう言って左の人差し指を立てる。俺はため息を吐き、ソファから立ち上がった。 「ちゃんと手元を見て切れっつーの。余計なとこを見てっからそうなんだよ」 「うん、ごめん」 「ちょっと待ってろ」  リビングの棚に移動し、そこにある救急箱を取りに行く。不良になってからは頻繁にこの救急箱には世話になってるので、置いてある場所はしっかり把握している。 「ん?」  そんな事を考えながら救急箱を開けると、ついこのあいだ大量に使ったはずの包帯や湿布が補充されていた。まぁ、こんな些細な事を気にしていても仕方ない。 「ほら、見せてみろ」 「あ……う、うん」  確かに血は出ているが、傷は浅い。大騒ぎするような怪我では無かった。 「あんま深くはねぇな。こんならすぐ治んだろ。ほれ」  持ってきてやった消毒液と絆創膏を手渡し、ソファに戻ろうとした。だが、なぜか俺の手からはその応急手当の道具が無くならない。どうしたのか、と訝しみ視線を上げる。  そこには、桃色に染まった幼なじみの顔があった。 「…………やだ」 「あ?」 「だから──」  あかりは顔を紅潮させたまま、少し怒ったような表情を浮かべて口を開く。 「い、痛くてできないから、魁人がやってよ」  そして、あかりの口からそんな言葉が零される。  途端、むず痒い沈黙が台所に流れ出す。 「うっ…………な、何ですか今の男性を萌え殺しさせるような甘え方は。あかりさん、もしかしなくても魔性の女ですか? 今のは女の私でもきゅんと来ちゃいました」  いつの間にか傍らに立っていた自称・魔法少女が、胸を押さえながら意味不明な言葉をほざいていた。黙ってろ、とも言えず、俺は目の前にある赤い顔を見つめる。 「はやく。夜ご飯できるの、遅くなっちゃうから」  あかりはそう言って、切った指を差し出してくる。百歩譲って痛くてできない、という言い訳は分かるが、なんで照れてんだよこいつ。意味分かんねぇ。 「ガキのまんまかよ、てめぇは」 「い、いいでしょ別にっ。沁みるの嫌なんだもん」 「舐めちゃいます? そのままあかりさんの血を舐めちゃいます? 魔女の血は舐めると永遠の魔力を手に入れられるんですよ? 私の見立てだとあかりさんは間違いなく魔女なので、舐めればカイトさんも魔法使いになれちゃいますよ?」  なんか隣から雑音が聞こえてくるが、俺はそれを無視して消毒液の蓋を開けた。 「いくぞ」 「う、うん。いいよ、来て?」 「あ。なんか今の会話、ちょっとえっちです」  このクソガキは後でマジでシバいてやる。 「んっ、ぁ」 「変な声出すんじゃねぇよバカ」 「い、痛いんだから仕方ないでしょ。もうちょっと優しくしなさいよね。この下手っぴ」 「てめぇはさっきからわざと誤解を招くような言葉を選んで喋ってんのか?」  口を開けば開く度に意味深なワードを吐き出すあかりに物申す。だが、こいつは何も分からないというような表情を浮かべて俺の顔を見てきたので、たぶん特に何も考えていなかったんだろう。傍らで今の話を聞いていたクソガキは『下手っぴっ、カイトさんが下手っぴっ!』と言いながら死ぬほど笑い転げていた。そのまま笑い過ぎて死ね。 「ほらよ。次から気ぃつけろ」  それから絆創膏を巻いてやり、簡単な応急処置は終わる。ただそれだけだったのに、隣で立て続けに煽られた所為で俺のフラストレーションは爆発寸前。なんてこった。 「……ありがと」  小さな声でそう言われる。だが俺は聞こえないふりをして台所から立ち去った。  こいつは昔から何も変わらない。ほんのかすり傷でも痛いだのなんだの喚き散らしては俺におんぶをさせたり、俺が漕ぐ自転車の後ろに乗ったりしてきた。そのくせ大人の前では強がって、何でもできる奴を演じたがった。それは高二になった今でも変わらない。 「…………変わらないのは魁人も一緒じゃん。ばか」  そして、後ろからそんな声が聞こえてくる。  余計なお世話だ、ばーか。
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