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第三話 振り幅モンスターな彼女
途中のコンビニで酒を買い、僕のアパートに案内した。
「狭いですけど」
座椅子代わりのクッションを差し出し、ローテーブルに買ってきたものを並べた。僕は『気の毒な女性の話に耳を傾ける、人の良い男友達』と、改めて自分の立ち位置を心の中で確認した。
彼女は最初こそ遠慮がちだったが、僕が相槌を打っているうちに、いつの間にか問わず語りで、直近付き合っていた二股ドラマー以前の恋愛遍歴まで暴露した。バンドマンとの交際はこれが初めてではない(正確な人数だけは頑として明らかにするのを拒んだ)と判明し、僕は開いた口が塞がらなかった。
「ナオさん、なんでバンドマンが好きなんすか? 世間的には、美容師、バーテンダー、バンドマンとだけは付き合うなって言われてるのに。こんなカッコいいスーツ着て、良い会社で働いてるんでしょ?もっと条件の良い男、幾らでも選べそうなのに」
僕は、ずっと抱えていた疑問を思い切ってぶつけた。
ナオさんは、ちょっと不貞腐れたように唇を尖らせ、じろっと横目で僕を軽く睨んだ後、溜息を一つ付いてから告白した。
「初恋の人も、初カレもバンドマンだったの。それ以外の男の人と付き合うなんて想像もつかないんだもん。勉強は割とできたから、大学進学して、普通に就職したけどね」
「ええっ?! 初恋とか初カレって、それ何十年前の話ですか! もうちょっと視野拡げましょうよ。てかナオさん、今、何歳っすか」
あまりの乙女っぷりに驚き、僕が思わず失礼な発言を繰り出したら、
「失礼ね! 誰と付き合おうと私の自由でしょ。世間体に囚われるのは大っ嫌いなの。年は、三十歳は超えてるわ。これでいいでしょ」
彼女はちょっと大げさに頬を膨らませて拗ねて見せた。
僕は、彼女が垣間見せた少女のようなあどけなさに不意を突かれ、どきどきした。一方、数時間前まで失恋に打ちひしがれて泣きじゃくっていた女の人に対してこの言い方はあんまりだ、と反省し、慌ててフォローした。
「そういう、不器用で一途で乙女なのが、むしろナオさんの可愛いとこなんじゃないですかね。今までの彼氏さんには、ちゃんとその辺、分かってもらってました? パッと見、ナオさんて隙のない大人の女って言うか、強そうなんですよ。だから悪い男に付け込まれるんじゃないすか。もっと素直になって、『あいつ、外では肩に力入ってるけど、ホントは弱くて、そこが可愛いんだ。俺が守ってやんないと』ぐらい言わせたら? ……って、俺みたいな若造じゃ、説得力ないかもだけど」
『情けなく見える』
僕は、いつもそう言われる撫で肩を精一杯すくめ、軽くおどけた。
彼女は僕の言葉に対し、虚を突かれたように目を真ん丸にしてぽかんと口を開けた。
「そんなこと、元カレ達から言われたことない……」
僕は、居酒屋から薄々気付いていたことを確認しようと、改めて問いかけた。
「これまで、どういう基準で、付き合う男を選んでたんですか」
「……顔? あと、私を好きだって言ってくれた、とか」
彼女は、おずおずと上目遣いで答えた。
やっぱり。
この人、典型的な「だめんず」だ。
バリバリのキャリアウーマンなのに、だめんず。
まあまあ可愛い顔して、スタイルも良いのに。
「男は顔じゃない、って。うちの店に一緒に来てくれたお友達も言ってたじゃないすか。皆が皆じゃないですけど、ヤリたい時は口先だけで『好きだ』って言う悪い男もいるんで。時間かけて見極めたほうが良いんじゃないですかね。『減るもんじゃない』って、よく言いますけど。俺は、特に女の人は、失って行くものもあると思いますよ。自分を大切にするに越したことはないんじゃないですか」
押し付けがましくならないよう、言葉を選びながら言った。
彼女は、バツ悪そうに三角座りをして、爪先を両手で掴み、前後に身体を揺すっている。
……振り幅すごいな。てか彼氏の前でその可愛さ出せよ。もしかして天然か? 一番性質悪いやつじゃん。
僕は、既に彼女に振り回され始めていることを自覚していた。これ以上関わると、ミイラになるのは僕の方かもしれない。
「ねぇ、佑哉くん、いっぱいギター持ってるのね。お店に沢山売ってる中で、この一台! って、どうやって選ぶの?」
彼女が明るい声で急に話題を変えてきた。部屋に入った時から、彼女が僕の楽器コレクションにチラチラと目をやっていたことには気付いていた。単に話題を変えたかっただけかもしれないが、彼女が僕の音楽に興味を示してくれたのが嬉しくて、つい口数が多くなる。ミュージシャンの性かもしれない。
「俺は、抱き心地と音色で、まずモデルを決めて、それから、同じモデルの中でなるべく沢山、何台も弾き比べてみてから『この一台』って決めてます。生き物みたいなものなんで、それぞれ個性があるし、その子の一番良い音を引き出せる弾き方も違うんですよ。相性が良い子に一度出会っちゃったら手放せないんで、数はどんどん増えちゃいますね」
喋りながら、自然と一番近くにあった楽器のボディやネックに触れていた。
あ…、この人、バンドマンに関しては百戦錬磨だった。こんな話、青臭くて馬鹿にされるかもと僕は口を閉じたが、ナオさんは微笑んで聞いていた。そして、悪戯っぽく言った。
「一台ずつ、音も、一番良い音を出す弾き方も違うなんて、女性と一緒だね」
そして優しく続けた。
「佑哉くんのギターの触り方、恋人に触れてるみたい。優しくてセクシーだね。佑哉くんのギターも恋人も、きっと幸せね。こんなに大事にして貰えて」
ギターを撫でる僕を見詰める彼女の視線が、うっすらと欲望を孕んでいることに、僕は気付いた。
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