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葉山信幸の回顧展
聡子が甲山のアトリエを訪れてから一年後。
この日、常磐画廊では葉山信幸の没後十年を偲んで回顧展が開かれた。
展示室は梅雨の晴れ間も手伝って、大勢の来賓で賑わった。
客の目当ては初披露される二枚の花冠の少年の絵。訪れた人々は、その美しさに息を呑んだ。
あの日、アトリエに置き去りにされた聡子は、警察ではなく、父に助けを求めた。世紀の発見を然るべき場所に収めるためだ。二人は主要な絵を選び、運び出した。
聡子の機転が功を奏し、二枚の花冠は成約が決まった。国立近代美術館が文化遺産としての収集に手をあげたのだ。
一方、香田タケルは留置場にいた。昨年の長雨で甲山の地盤が緩み、遺体が露出した。登山客が発見して警察に通報。それを知った香田が、逃走資金を得るために絵を売ったのだ。回った画廊の中で、聡子だけが買い取ったそうだ。
警察は遺体の状況から殺人事件と断定。DNA鑑定により行方不明になった画家と判明した。容疑者として葉山氏の甥を指名手配。潜伏先のビジネスホテルで身柄が拘束された。
関係者の話によると、香田は『やまない雨のせいで眠れない』と、幻聴に悩まされているという。幼いころに母親を亡くし、叔父である葉山氏に引き取られた。香田は叔父から度重なる虐待を受けていたと主張している。しかし、物証は素晴らしい絵が残るだけで、虐待の事実は立証されていない。
現在、香田タケルの描いたヨハネの絵は聡子の証言により、事件解明の参考物として警察署に保管されている。
( 了 )
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