雨だれ

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雨だれ

 もうすぐ梅雨も終わるというのに、毎年のことながらこの時期は連日激しい雨脚となる。  落ちた雫が音を鳴す。  トントントントン  トントントントン    雨だれの音は小走りしたときの動悸に似ている。八分音符の連続した音価の繰り返し。  あれはきっと、どこかのトタン屋根の音に違いないとタケルは思った。    それともーー  叔父のアトリエから聞こえてきたのだろうか。  まさか、こんなに遠くまで聞こえてくるはずがない。    幼いころ、タケルは雨がもたらす雨だれの音が理解できなかった。  何か得体の知れない魔物が打ち鳴らす不吉な音だと信じていた。  音は風よりも強く、こちらが拒もうが、どうしたって耳の中に入り込んでくる。  圧倒的に規則正しい韻律はタケルの脳を支配しようとする。  だから雨だれの音は嫌いだった。  たった今も悩まされ続けている。    どうにか聴かないですむ方法はないだろうか。ホテルのベッドに横たわり布団を被る。  遠ざけようとすればするほど、音は脳の中を木霊するのだった。  やまない音にまんじりともせずにいると、誰かがけたたましくドアを叩いた。  おはようございます  香田タケルさん  ドア、あけてもらえる?  部屋に居るのはわかっているんだぞ      画廊の女ーー  彼女が通報したに違いない。  そうタケルは直感した。    タケルは起き上がる。震える手で鞄を漁り、札束をズボンのポケットに入れた。    窓を開け放つ。  カーテンが天井まで巻き上がる。大量の雨粒が吹き込んできた。    ものものしい雷鳴が轟き、雨滴は激しさを増す。雨だれの音は、どんな音もかき消すくらい、大きく、早鐘のごとく打ち付けた。
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