画廊の女

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 聡子はフェイスブックにあげるため、買い取った絵の売り文句を考えていた。  十一時頃、画廊に降りてきた康雄のために、ほうじ茶と頂き物のどら焼きを盆に乗せて持ってゆく。  康雄は昨日飾ったばかりの絵を下ろし、風呂敷に包んでいるところだった。 「お茶を入れました。お父様、その絵をどうされますか?」 「いや、ちょっと思うところがあってね、先輩に見せようと思って」  先生とは大阪近代美術館の主席学芸員の大森先生のことだ。  康雄は風呂敷をもう一度開けて見せた。 「聡子、この絵をどう思って買ったのだ?」  絵は、花冠を頭に乗せた美しい少年が、薄布を纏った姿でポーズするものだった。昭和を感じさせる、少々古くさい画風だった。    昨日、雨が降りしきる中、一人の男が絵を売りにきた。名前を香田タケルといった。  一見(いちげん)で売りにきた絵を、普段は買取までいかないのが常だ。まあ良いと思えるものは、一月だけ画廊に置いておく。売れたらマージンを除いた代金を売り主に支払うということにしていた。  だが、聡子はこの絵に何か感じるものがあった。だから即買いしたのだった。 「きっと売れると思います。今は売れなくとも必ず」 「ほう、なぜ?」 「少年の目に憂いを感じます。まるでカラヴァッジョの再来かと。ただ残念なのはサインがないことです」   「売り主にそのことは尋ねたのか?」 「いえ、言っていません」  康雄は興味深い顔をした。 「売り主は遺品整理に来たと言っていました。叔父が書いた絵を売りにきたのです。私が余計なことを言って、勝手にサインを加筆されては困りますから」 「なるほど、描いた画家はすでにこの世にいないか……売り主は、絵はまだあると?」 「はい。数度に分けて持ってくると言っていましたから、よい作品は買うつもりです」 「持ってきた絵を全て買うのだ」   「と、いうと?」 「ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない」
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