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甲山
聡子は雨の中、ワンボックスカーを走らせていた。
夕べ遅くに、香田タケルから売るのは今回で最後にしたいと、電話があったからだ。百号の大作もあると聞いて、聡子が取りにいくことになった。
調べたところ、葉山氏のアトリエは神戸市の岡本にあった。だが、香田が指定した場所は六甲山系の外れにある甲山だ。
同じ兵庫県だが、そこそこ離れている。葉山氏と香田タケルの叔父は、別人の可能性を捨てきれないと聡子は考えるのだった。
車は阪神高速の西宮インターを降りる。予め設定したナビに従い北上する。阪神、JR、阪急と並行して走る三路線を越え、甲山の中腹にある眺望が売りの高級住宅地を抜けた。普段は見えるはずの大阪湾は、残念な雨のせいで、霞の中にあった。山寺を通り過ぎ、街道から鬱蒼とした林道へと入った。木立が繁る中、廃墟同然の平屋が佇んでいた。
聡子は敷地に車を停める。フロントガラスから見える一種異様な風景に目を奪われた。雨だれの落ちる箇所すべてに白い布が敷き詰められていたからだ。他にもゴミや廃材が置かれている。その多くは、割れた石膏像や、壊れたカンバスの木枠だった。
エンジン音を聞きつけたのだろう、くすんだドアから香田が出てきた。
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