彼女たちは暇だった

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彼女たちは暇だった

※  帰宅する前に冷蔵庫の中身を思い出したのは、自分にしては良く出来た方だと思った。自分一人であればないならないで、食べない選択肢がある。それでも腹が減っている場合は外に外食に出る、それで済んだ。  けれど、今日はそうもいかない。家に帰れば自力では食事もしない〝人間〟がいる。何かを買って帰らなければ。開いているスーパーなど、この時間には確実にない。最上級でコンビニエンスストア、最低で、酒屋の珍味、どちらにしても、その程度だっだ。  入口をくぐるといつもの音がして、それよりも大きな声で話すドラァグクイーンが三人、雑誌の前でたむろしていた。それよりも、その先に見えたもので内心、どんよりとした。三人のドラァグクイーンの先にはトイレが見えた。あの、自力では食事も摂らない、あの、生き物は、トイレは自分で行くのだろうか。行っていなかったとしたら、今頃では。  つい、息を吐いた。それを見たドラァグクイーンの一人がこちらに気が付き、「あらあ」と思ったよりも高い声を上げた。よく見れば、三人の内二人は店にも出入りしているドラァグクイーンだった。  空のカゴを持つ姿に「さみしいわねえ」とからかう反面、彼女らは光志(みつし)とも顔見知りである。噂程度には自分の話しも聞いているはずで、「買い物をするのがそもそもありえない」と話し始めた。そうして勘繰り出すと、もう止まらない。買い物をする後について歩いて、手に取るものを都度、ああだこうだと予想を巡らせる。見かけに合わない、年的にもそれ?と、事細かに。  予想を巡らせる彼女達は相手は誰かと食らいつく。「この人こんなモン食べるような人じゃないのよ」と力説する様には、流石に光志(みつし)が持つ自分の印象というものを疑わずにいられなかった。けれど彼女達の勘というものは存外に高性能で、こと、そうした話題にも経験豊富で長けている。満場一致で「相手は若い子、二十代」と決めた時には自分に変わってあの生き物の定めをして欲しいとすら思った。  いや、この彼女らに頼むくらいなら、同じ畑の大先輩が既に側にいる。やはり光志(みつし)には、いずれ頼らなければならないだろう。  「二十代ならこれ、こっち」と力む彼女らに埋められたカゴで会計は五千円を超えた。何を食べるのか好むのか、どれならば自発的に口に入れられるか、そればかりを考えていたが、彼女達の考える二十代が好むものも、もしかしたらあの生き物が人間に戻る瞬間であるかもしれないと受け入れた。いや、目下食事よりもトイレのことが気になって、考えるのが適当になったのも、あった。  大きな袋二つ分、そういえば後もう少しするとあらゆる店で買い物袋が貰えなくなるのだったか。彼女らからするとエコバックを持ち歩く自分の様は、なんとも滑稽であろう。いっそ宅配で頼むべきか、悩んだが、独り身ではやはり外食がなによりだった。あの生き物も、いつまでいるのか、いつまで置いていられるかも、わかったものではない。  自宅の扉を前にして、両手を塞ぐ大きな袋二つにまたも我に返った。なにを真面目に、あの生き物に食料を与えんとしているのか。勿論水分も、彼女らにどやされ、衛生用品までも。
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