癖のある味▲

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癖のある味▲

※  名を呼べば顔を上げ、招けばこちらに来る。口に持っていけばものは食べるが、未だ自発的に皿からは食わず、手を使わない。危惧していたトイレは、一度もその姿を目撃していないが粗相がない様子から自発的に行っているようだった。  相変わらず喋らない。けれど表情が物を言うようにはなり、本来人間同士、察しがつくようにもなって意思疎通が可能になって来た。  行動に起こすようにも、なって来た。なにが欲しい、腹が減った、シャワーを浴びたい場合については、手をかけて未だ洗ってやらねばならないのだが。  互いに要望も感情をもわかれば、それ程ストレスもなく過ごせているのが逆に妙なものだった。ハッカと呼べば自分だと反応するが、それが本当の名前なのかすらもわからないこの男と、極自然と暮らしているのだ。奇妙でしかない。  けれど、実際存在が邪魔になることもない。本物の動物を飼った試しがない為どれ程の差があるのかもわからないが、目を離しても、仕事中放っておいても死ぬようなこともない。それが多分、楽だった。  必要以上過ぎるが、喋らないのも少なからずありがたかった。この頃に至っては、考えようによっては、もしかすると好ましいかもしれないとも思い始めていた。感情を伝えるのも要求するにも、男は言葉ではなく仕草と表情で表す。それが自分には丁度良かった。  互いに互いの存在に慣れ始めた、そんな頃に、あれが起こった。  その日は三時に店が終わって帰宅し、これまでのように帰り道に用足しをして自宅に戻った。腹を空かせて待つハッカに食わせ、その後まずハッカを洗って自分もシャワーを浴びた。いつも通り適当に時間を潰して眠くなればそのまま寝た。けれどその日は、明け方に起きた。  気配かなにか、音を聞いたわけでもなく覚めた頭はぼんやりと未だ暗い室内を確認した。それだけでは〝朝〟なのか本当の早朝なのか区別が付かなかったが、それどころではないと気が付いたのは、その重みに気が付いた時だった。  急激に、頭が働いたのが自分でもわかった。明るい色をした頭が、すぐ目の前にある。  ハッカが、自分の上に乗っていた。それも沿うように体を伏せて、覆いかぶさっていた。――だけならば、良い。更にわかるのは、重なる体温と動く指。そして、熱。その状況がなんであるか、同じ生き物であればすぐにわかる。ハッカが自分のものと重ねて股に触れている。それがなんであるか、わからないわけがなかった。  確かに、確かにそうか。日頃仕事で外に出て、その気になれば外で済ませられていた自分とは違って、ハッカはずっと家にいる。その間自慰は出来るだろうが、いや、そうか。健康な二十代、一体何日していないのか、いや、そらそうだ。いや、だがお前はまずどっちだ。 「おい」  発した声に少し焦りが滲んだのが自分でもわかった。掠れて様にならなかった所為で反射的に咳をして喉を整えたが、その場合でもない。重みで上がりきらない上半身を、右肘で持ち上げようとついてみたが、そうはならなかった。  蠢いたことで頭を擡げたハッカの表情は、一瞬では暗闇に慣れきらずわからなかった。そこに外のうるさい光が差し込んで漸く確認した時には、戸惑い以外の感覚が、既にあった。  こちらを見る目は完全に欲に染まっていて、触れる指も離そうとはしなかった。  暫く見合った。なんと言ったのが正解か、困惑していたのはこちらだった。  ハッカは構わず触れて、まるで許可でも得るかのように頭を擦り寄せる。そうして皮膚に唇を触れさせると今度は舐めた。頬を、首を。それは既に動物の仕草でもなく、人間の欲のままに。 「ハッカ、お前、相手選べよ。おい」  おさまりが利きそうにないのは、伝わってわかる。それがどんな状態かも、痛い程にわかる。  どれだけの日数我慢していたのかもわからず、そもそもの欲の強さも知らないが、それ以前の問題も。  こちらがあれもこれもと考えている間にも、ハッカは性急に、指も、口も、動かす。布一枚隔てても確かに伝わるそれを、早くと、擦りつける。  それでいいなら、それでいい。こちらもそれで構わないなら、それでいい。  次に我に返ったときにはハッカの背中を見ていた。撓る背中には傷一つない。足も肩も、胸も、どこにも、あざすらなかった。可愛がられていたはずだろう、そうだろ。そうであろう。  その背中を今、撓らせて、もう、殆ど乱暴をしている。きっと、これまでの飼い主によりもずっと、乱暴な行為をしている自覚があった。起こさせないように肩を押さえつけて、そんなことをわざわざしてしまう。相手を選ばなかったお前が悪い。  剥いだ服と布団がごたついてハッカの下に溜まっている。半分床に落ちた服か布団に散った体液が伝って落ちていくのが、光の加減でわかった。  同じようにハッカの体も所々、照った。それに触れると滑る所為でハッカの体が逃げる。布で拭って、掴み上げて、固定して、穿つ。 血が出ることもなく拒否反応はなかったが、思った以上に狭かった。相当の間していなかったか、見た目とは裏腹に、ネコではなかったのかもしれない。モノが涎を垂らして喜び、萎えてもいないのをみるとどちらでもいいのか、どちらも好きなのか。たまたまこれが、善いのか。こうも腰を振られて萎えないのなら。 これだけ綺麗な状態の背中を見て、いっそ噛みたくもなった。内出血が映える。見た目にも、良い。二の腕や太股に痕がつくと良い。きっと映える。  嫌がらない。荒く突いても、押さえても、擦っても、歯を立てて来ることもない。  これだけ強い当たりをしても、ハッカは一声も上げなかった。時折漏れ出たものも呼吸のひとつで、声音は耳を掠めない。やりきるのは流石とも思うが、それがその道のプロなのだろうが、それが余計に当たりを強くするのは、わかっているのか、わからない。  ハッカを抱いた。見ず知らずの相手を抱くのは初めてではないが、明日もこの男は、この家にいる。それだけが、これまでと違っていた。
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