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へどろの方がマシ
※
ハッカはそれからも、何度か盛る日があった。あの日に懲りて、きっともうないと考えていた日は思いもよらず頻繁で、次は二日後、その翌日はなかったが妙に擦り寄った。ハッカは凡そ三日置きに盛った。その度にハッカを抱いたが、一度も行為を嫌がりはしなかった。
それまで自分の欲は付き合い慣れた相手とすることが多かった。けれどハッカが盛るようになってからはそこに頼ることもなくなり、ハッカとの関係が二回目の時には光志に小言を言われてしまった。
「あれだけ困ってますどうしましょうみたいな顔しておいて、結局は手頃なんじゃない」
「そういうんじゃねえんだけどな」
「どの部分よ」
「手頃」
「そこ? 違うっての?」
そこまで、と虚しくなる程に、光志は顔を歪めた。きっと目の前で小便を漏らした方がマシな顔をする。
「俺のやり方が嫌じゃないって時点で俺よりあっちが優位じゃねえか?」
「選べるってこと?」
「合わねえのを手頃だからって相手しねえだろ。選ばれたのは俺だと思うぞ」
「言い方妙だけど。まあ、普通嫌よね、あんたの相手は。でもだからって餌与えるのと一緒で欲しがるから与えて平気なの? それこそあんたのやり方は普通じゃないのよ」
「それも、あいつの選び方だろ」
「だから言い方ね」
光志はなにか、「なるほどねえ」と納得しきらない様子でグラスを回した。僅かに残ったギムレットが氷で薄まって、グラスの外側についた水滴で手のひらが濡れるのも気にしていない。
「お前としないのが苛ついてんのか」
「あんたが相手の体綺麗なままにしてんのが不気味に思ってんのよ」
まるでへどろで匂っているのかと思う表情を作れることに関心する。ハッカよりも意外に、光志の方が表情豊かなのが不思議になる。自分自身が、ハッカの存在に慣れ始めているのかもしれない。
「まだわかんねえのに、そこまで出来ねえよ」
「どの口が言ってんのよ。餌と一緒に性欲吐き散らかして」
「性欲も食欲みてえなもんだろ」
「食欲なんて殆どないような人間がなにをそれらしく言おうとしてんの。本当に食わんばかりのプレイするあんたが言っていいことじゃないのよ」
「まだそこまではしてねえよ」
「されてんのよこちとら」
後一口を飲み干さないまま、光志はグラスを突き返して踵を返した。
今日も小気味よい音を鳴らすピンヒールは初めて見る。真新しいあの靴で、踊るように歩く。その後ろ姿は大昔からもなにも変わらない。まっすぐな姿勢も、安く振らない腰も。
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