第1章:コルフ村にて

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【7月20日、午後:タツヤ、緑龍に挑戦!】  コルフ村の近く、霊峰フジの麓にある急な崖。その下に俺は立っている。  ガウン、ガウ、グゥン? 『じゃ、準備はいいかな?』  聞き慣れた龍の鳴き声の中に、龍の言葉が聞こえてきた。 (作者注:龍の言葉は『』で、人間の標準語は「」で表現します。以下、龍の鳴き声は基本的に省略します) 『うん、行けるよ!』 『ガウン、大丈夫だよ』  俺は気合いを入れて龍の言葉で返す。そして、俺の隣からも別の龍の言葉が聞こえた。  今日から夏休み! さっそく俺は、緑龍に挑戦しようとしている。前回、緑龍に挑戦したのは3月の春休みだったから、3ヶ月以上経っている。俺も少しは成長したはずだ。  目の前には、30メートルぐらいの高い崖がそびえている。その下で、俺と俺の身長の3倍ぐらいはある緑龍が、崖を見上げながら並んでいた。  その近くに、緑龍がもう1龍と、幼なじみのアシュリーが並んで、俺たちを見守っている。 (作者注:龍の数は1龍、2龍……と数えます)  アシュリーの隣に立っている緑龍は、母さんの友達。名前はリョク。体長10メートルぐらいの若い緑龍だ。  緑龍は全身が緑色の鱗で覆われている、大型の龍族だ。長い首。その先の頭には角が2本生えていて、長い尻尾には鋭いトゲが何本も生えている。緑龍は草食で森の植物を食べるから、身体が緑色なのかもしれない。  人間と龍が友達になると、人間は龍に名前を付けることができる。つまり、母さんが「リョク」って名前をつけたんだ。龍の言葉で「緑」って言葉を音読みしただけの、安易な名前だなって思う。俺ならもっといい名前を付けてあげられるのに!  反対に、龍は友達になった人間に対して、「龍の力」と呼ばれる不思議な能力を与えてくれる。龍の力を与えられた人間は、基礎的な力が向上するとともに、龍族によって異なる特別な力も与えてくれる。例えば、緑龍の力は「防御」で、物理的に身体が頑丈になる。  俺の隣にいる緑龍は、ついさっきリョクに紹介してもらった。友達になって欲しいってお願いしたら、崖登り競争で遊ぼうって言われた。それで、一緒に霊峰フジの麓の崖に来ている。ここは緑龍たちの遊び場らしい。もし勝てれば、俺の友達になってくれるはずだ。 『じゃ、行くよ……用意……ゴウ!』  リョクの大きな鳴き声で、俺と緑龍との崖登り競争が始まった。 『よしっ!』 『ガウン、負けないよ!』  実を言うと、俺は運動が全般的に得意だ。駆けっこでも綱引きでも戦闘訓練でも、身体を使う運動では、最近はコルフ村の大人にだって負けない。もちろん、崖登りだって得意だ。ひょっとしたら、龍の力を持っている母さんやじいちゃんたちを除けば、崖登りなんかの運動で、俺に勝てる人はいないんじゃないかとすら思う。  今回の対戦が崖登り競争になったことは、俺には幸運のはずだ! この幸運を生かさなきゃ! 『よっと!』  俺は足をしっかりと踏ん張り、両手で崖の出っ張りを掴んで、ガムシャラに登った。 『ガォウ、なかなか早いな!』  懸命に崖を登る俺の横を、スルスルと巨大な緑龍が登ってくる。普段の緑龍たちの動きはゆっくりなのに、この巨体がこの速さで動くとは驚きだ。何度も龍たちと戦っているから、だいぶ慣れたけどね。 『クソッ、飛ぶのは反則だからね!』 『ガウン、わかってる。飛んでないよ』  緑龍は空を飛べる。背中には薄くて大きな美しい羽が生えている。普段は身体にぴったりと引っ付けているから目立たないけど、その羽で大空をゆったりと飛ぶことがある。もちろん、龍使いになれば、首元に乗って一緒に空を飛ぶことができる。  すべての龍族が飛べるわけではない。水龍のように空を飛べない龍族もいるし、火龍のように凄い速さで空を駆ける龍族もいる。 『ヨッ、ハッ、フッ』 『グフン、頑張るね。本気出すよ!』  俺は力の限りの速さで、崖をよじ登った。緑龍も、ほぼ俺と同じ速さで登っている。 『あと少し!』 『ガウン、負けないよ!』  緑龍がさらに加速した! 俺の身体半分くらいリードされた! このままでは負ける! 『クソッ!』 『ガウ!』  あと少しで崖の上だ。でも、まだ余力はある! ここで最後の粘りを見せれば、ひょっとしたら勝てるかもしれない……と、思ったその時、視界の端でキラッと光が反射した。  何だ?  ズルッ!  しまった! 光に気をとられて、左手の岩をつかみ損ねた! 焦りすぎた! 『うわぁ!』  ガラガラガラ……ズンッ。  俺は崖から転がりながら滑り落ちた。幸い、崖の下でリョクが俺を受け止めてくれたから、大きな怪我をすることはなかった。  また龍に負けた。  くっそー、残念だ。
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