第3章:アラゴニア王都にて(2)

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第3章:アラゴニア王都にて(2)

【7月24日:王立博物館へ】  次の日の朝、俺たちは再び出かけることにした。  昨日の騒ぎで、俺たちが天空教徒から監視されていたことが判明したので、しばらく外出禁止になるかと思っていた。ところが、ベンさんもエミリさんも、王都の中なら、どこにでも自由に行っていいと言ってくれた。俺たちを大人扱いしてくれて嬉しい。自分たちの身は自分たちで守れということだ。  昨日の騒ぎの影響で、まだ今日は王立大学には入れないけど、明日からは入れるようになるらしい。  夏休みを1日でも無駄にしたくない俺たちは、王都内のどこに行こうか3人で話し合った結果、王立博物館を見学することにした。  王立博物館は、王都の南西部にある。近くに王立美術館もあるけど、王立博物館の方が面白いかなって思って選んだ。エリカは時間があれば美術館も行きたいって言ってたけど、俺もアシュリーも芸術はよくわかんないんだよね。 「3人とも、楽しんでくるんだぞ」 「気をつけてね」 「「「はい、行ってきます!」」」  昨日と同じく、俺たちはベンさんとエミリさんに挨拶して出かけた。エミリさんからもらった地図を頼りにしながら、内郭の南門を通過してから西に進んだ。  少し進むと、大きな公園が見えてきた。その公園の中を歩くと、2階建ての石造りの大きな建物が見えてきた。近づくと立派な入り口があって、横の柱には「王立博物館」と書いてあった。ここで間違いないな。 「着いたね。入館するためには審査が必要みたいだね」 「15歳以下は無料やって。嬉しいで!」 「エルサード王国の人間でも大丈夫かしら?」  門の両脇には警備の人たちがいて、外郭での入都審査と同じように、大きな魔石が置いてあった。俺たちが魔石に触れると青く光って、簡単に入館が認められた。  中に入ると、すでに何人かの見学者がいた。中央に展示台が設置されていて、その上に大きな龍と人間の全身骨格が飾られていた。 「うわぁ、龍の全身骨格標本だ。初めて見た!」 「龍の牙と羽……すごいで」 「この大きさだと、火龍かしら」  説明文を読むと、三百年ほど前のアラゴニア王国の王と友達だった火龍の遺骨らしい。その火龍は、とても人間と仲が良かったらしく、死後、研究のために自らの遺体を活用することを許したとのことだ。  普通、龍たちは種族ごとに死ぬ場所が決まっているため、人間たちが遺骨を入手することは非常に難しい。真偽のほどは分からないけど、龍たちの死に場所は、見えない毒が充満していると言われている。見えない毒があるから人間は近づくことができないし、近づいた者には確実に死が待っている。見えない毒があるから龍の死に場所になっているか、その逆なのかはわからない。  火龍の骨格が展示されている部屋は吹き抜けになっていて、その左右に階段があって2階に上がれるようになっている。1階の奥と2階に複数の展示室が配置されていて、様々な展示物があった。  過去の魔法研究で使用された器具、初期の王都を建築する際に使われた道具、過去の王が使った武器や防具、地下で発掘された使途不明な過去の遺物、魔獣の剥製、夜空を観測する器具、最新の飛行船の研究成果などなど。ほぼ全てが初めて見るものばかりだった。  王立博物館への出入りは自由だったから、途中、持ってきたお弁当を公園のベンチで食べながら、夕方までゆっくりと見学することに決めた。 「やっぱり王立博物館は凄いね!」 「そやね。王立大学だけやなくて、王立博物館も見学できて良かったで」 「そうね。エルサード王国の博物館とは比べものにならないわ」  素晴らしい展示物の連続で、展示物を見るたびに驚きの言葉が漏れてしまう。  1階の展示室の一番奥に、祭壇のように少し高くなっている場所があった。そこは近づけないように手前に柵があって、多くの人たちがその前に立ち止まっていた。祭壇の上にはガラスの箱が置いてあって、その中には、大きな緑色の卵が置いてあった。 「卵だね」 「こ、これは……」 「ま、まさか……」  もう少し俺たちが近づいて見ると、ガラスの箱の前に「龍の卵」と書いてあった。 「龍の卵!」 「り、りゅうのたまごが……」 「み、見えるわ。どうして……」  龍の卵が人間には見えないということは、誰でも知っていることだ。龍の卵にも龍の子供にも、龍族最大の魔法と言われている幻影の魔法がかけられている。そのため、龍族の生態は謎に包まれている。 「驚いたねぇ」 「全くや」 「うっすらとだけど大きさが把握できるわ。30センチぐらいかしら。思っていたよりも小さいのね」  ん? エリカが変なこと言ってる。 「うっすら?」 「そうやね。目玉焼きにしたら何人前になるかなぁ」 「まぁ! アッシュは不謹慎ね」  「うっすら」ってどういう事なんだろ? 俺には、はっきりと龍の卵が見えるけどな。 「これ、緑色をしているから、緑龍の卵なのかなぁ?」 「緑色?」 「タツ……龍の卵の色がわかるの?」  俺がボソッとつぶやくと、アシュリーとエリカだけじゃなくて、龍の卵を見ている他の人たちも俺を振り向いた。 「どうしたの? 龍の卵は緑色で、真ん中に大きなヒビが入っているよね。これじゃ、中身は入ってないよ。アッシュが言った目玉焼きは無理だね」 「タツ! これ、本当に緑色なん?」 「タツ! ヒビが入っているって、どこかしら?」  アシュリーとエリカが俺の説明に対して、驚きを口にしている。見たまんまだから、そんなに驚くような事じゃないはずだけどなぁ。  もう少し龍の卵に近づくと、説明文が書いてあった。 【偉大なる魔法使い、前王立大学学長が偶然に発見した龍の卵。約20年にわたる研究の末、龍の卵の大きさを把握できるまでに幻影の魔法の力を抑制することに成功した。国宝】 「これが国宝? 大きさを把握できるまでって……どういうこと?」 「あ、そうか! タツは魔法が……」 「魔法が?」  周囲の人たちが俺たちの会話を聞いて驚いている。 「ひょっとして……俺にしか見えないの?」 「タツ、これはまずいで……」 「二人とも、騒ぎにならないうちに帰るわよ!」  すぐに俺たちは、王立博物館から走って逃げた。公園から出て内郭まで戻ってから、ベンさんの家を目指して歩きながら話した。 「あー、驚いた。俺には魔法が効きにくいから、龍の卵にかかっていた幻影の魔法も効きにくかったんだ」 「そうやで! 龍族最大の魔法でも、効果が弱くなっとったから、タツには効かんかったんや!」 「驚いたわ。タツは今までも龍の卵や龍の子供を見たことがあるのかしら?」 「ううん、ないよ。緑龍たちは卵や子供を俺たちに見せたりしないからね」 「龍族の魔法もタツには効かへんのか。凄いで」 「やっぱり、タツは魔法が効きにくいのね」  そうだ。コルフ村を出てくる前に見た夢……あれは緑龍の子供だったのかなぁ。でも、あれは夢だからな。 「やっぱりって……エリカは俺のこと知ってたの?」 「そうや、エリカ。タツに魔法が効きにくいってのは、コルフ村の人たちなら知っとるけど……」 「え、ええ……エミリさんから事前に聞いていたのよ」  なんかエリカの様子が変だな。 「ふーん。確かにエミリさんはコルフ村の商店経営者ケンさんの妹だから、知ってても不思議じゃないけど」 「タツはね、魔法が効きにくいだけやのうて、使うのも苦手なんや」 「そうなのね。話を聞いたときは信じられなかったけど、今日のことで信じたわ」 「俺もさ、なんでこんな体質なのかは分からないんだ。魔法は苦手で効きにくい。でも、運動は得意なんだよ」 「タツは昔から色々と特殊なんや」 「特殊……だからね。わかったわ」  やっぱりエリカは俺のこと、事前に知ってたのかな。 「だからって?」 「何がわかったん?」 「ううん、こっちのことよ。それにしても……タツは面白いわね」  面白い……俺が? 「そんなこと言われたの初めてだよ。昔っから、なんか変だから、色々苦労してるんだよ。気味が悪いって言われることの方が多いね」 「俺も昔からタツと一緒やけど、怖がられることは多いんやけど、面白いっていう人は初めてやで」 「だって……魔法が効きにくくて、運動が得意なんでしょ? 緑龍の力を身につけたら、最強になりそうよね」 「緑龍の力って、『防御』だよね」 「そや! 物理的な防御が強うて、魔法も効きにくうて、力も強いんなら……確かに最強や!」 「そうよ。どうかしら?」  どうかしらって言われてもね。 「う~ん……よく、わからないけど……龍の力も魔法の一つだって言うから、防御の力もあまり俺には効かないかもね。ま、緑龍と友達になれれば……だけど」 「実際に龍と友達になってみんと分からんな」 「そうね。でも、今日は楽しかったわ。王立博物館の展示物よりも、タツに興味がわいたわ」  エリカがニコッと笑った。 「えっ……お、俺なんかに?」 「エリカがタツに……」 「ウフフ」  俺はエリカの笑顔に赤面しながら、ベンさんの家に帰った。
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