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次の日の朝、母親に教わりながら弁当を作っていた。
いつもは起しに来てもらうまで寝てしまっているけれど、今日はちゃんと目覚ましをかけて早起きした、目覚まし時計って心臓に悪い、急に鳴り出すから驚いて飛びのいて朝から心臓がどきどきだ。
母親は専業主婦なので時間を俺に割いてくれた。母が作る出汁巻き卵は綺麗な渦巻きになるのにいざやってみると難しい、菜箸だけじゃなくてフライ返しも使ったのだけれど形がぼろぼろになってしまったし、鮭は塩を振りすぎてしょっぱくなってしまった。教えてもらいながらやっているのに上手くいかない。
「大丈夫よ望君。ママなんて結婚当初お米の研ぎ方すら知らなかったのよ?だんだん上手になるわ」
俺がしょんぼりしているのが分かったのか微笑んで慰めてくれた。
「ふふ、でもママはとても嬉しいわ。望君がお友達にお弁当を渡してあげたいってお料理を覚えたいって言ってくれて」
「うん、たまにはいいかなって」
嬉しそうな母親から少し視線をずらしながら答えた。
恋人に作りたいなんてそんなことは言えない、恋人が出来たことを報告するのはまだ恥ずかしい。作った料理を弁当に詰め完成したものは、お世辞にも美味しそうといえるものではなかった。卵焼きは箸で持てばぼろぼろと崩れるし、焼き魚は焦げ付いているし、ナポリタンはなんだかべっちょりしている。
こんなの、渡していいのか。俺がこの弁当を貰ったら顔を引きつらせてしまうかもしれない。母親はこんな出来でも「喜んでくれるといいわね」なんて微笑んだ。でもせっかく作ったのだしと僕は弁当を包む。
「あれ?望君今日は早起きさんだね」
まだパジャマ姿の父親が目を丸くして俺を見る。
「ふふ、望君ねお料理を教えて欲しいって早起きしてきたのよ。なんでもお友達に振舞うんですって」
にこにこと母親が父親に言う。
「友達に!!望君、パパの分はないのかい?」
包み途中の弁当を見て、空のフライパンを見て、俺に視線を戻した。
「卵焼きなら弁当に入りきらなかったのがあるよ」
テーブルの上においたお皿に視線を向けて教えると、父親は目をきらきらと輝かせた。
「望君の手料理が食べられるなんてパパは幸せものだなぁっ」
そうして抱きついてくる中年親父、でもここで引き剥がすととても面倒くさいことになるのではいはいと頷いておいた。母親は楽しそうにくすくす笑っていてそれを見た父はターゲットを変えて、さすがは君の息子だ!とか言いながら抱き着いて笑ってしまった。相変わらず仲がいい。
早起きをしたにも関わらず、台所に立っていたからかいつも通りの時間に朝食だった、父親は俺の作ったぼろぼろの卵焼きを、おいしいおいしいと言って食べていた。もちろんママのお料理も最高だよという言葉も忘れない。
この人はいつも美味しいと食べているので、本心かどうかいまいち分からない。時計を見るとそろそろ学校へと行く時間になっていた。僕は空になったお皿をシンクにおきに行こうと立ち上がった時、インターフォンの間延びした音が響いた。
「あら?誰かしら?」
母親がスリッパの音を鳴らしながら玄関へとかけていく。玄関からあらあら、まあまあ。という声が聞こえたかと思うと母親はリビングへと戻ってきた、お隣さんの差し入れか何かだろうか?
「望君、お迎えに来てくれたんですって」
予想を裏切り母親は俺に視線を向けた。お迎え?首を傾げながら促されて玄関へと向かうと、傘立ての横に思いがけない人物が立っていた。
「叶先輩っ!!?」
叶先輩の家は俺よりまだ先に行った場所にあるそうだ。でもわざわざ寄ってくれるなんて思わなかった。
「おはよう、望君。昨日色々考えて、その、どうすればいいのかよく分からなかったから、迎えにきてみました」
照れたようにはにかむ先輩にどきりとした。
「すぐに。すぐに用意しますから待っててください!!」
慌てながらダイニングへと戻って荷物を引っつかんで「行って来ます!」と両親に叫んだ。母親は気をつけてねと笑い、父親もいってらっしゃいと見送ってくれた。
「先輩、お待たせしました」
急いで靴を履いて準備完了だと叶先輩の前に立つと何故かくすくすと笑った。
「そんなに慌てなくても平気だよ、左右の靴が違うよ?」
指摘されてかあっと顔が熱くなる。どれだけ慌ててるんだ。俺は慌てながら靴を脱いで、上がり框に座ってきちんと結ぼうとするけれど、待たせてはいけないと気持ちが焦っていつもの動作が出来ない、靴紐がめちゃくちゃだ。
「そんなに慌てないで」
叶先輩が俺の前にしゃがみこむと落ち着かせるように俺の手にその手を重ねた。その動作にどきどきしてしまう。好きとかそういうつもりはなかったはずなのに、おかしいな。俺が硬直していると叶先輩はこんがらがった紐を解いて縛りなおしてくれた。
「あ、ありがとう、ございます」
恥ずかしい。
「気にしないで。さ、行こうか」
叶先輩が立ち上がり俺は頷いて家を出た。ああ、まだ顔が熱い。
通学路を歩きながら隣を歩く先輩を見る。彼のほうが身長が高いから歩幅も違うはずなのに合わせてくれている、今更ながらにその事実に気づいて胸がくすぐったい。
「その迎えに来てくれるとは思いませんでした」
恋人という肩書きが加わっただけで自分がこんなに緊張してしまうなんて。落ち着かなくて手が汗ばむ。
「うん、恋人ってなにをすればいいのかよく分からなくて。…迷惑じゃなかったかな?」
「迷惑なんてとんでもないです!」
首が千切れるんじゃないかってほどに横に振るった。
「あ、の。叶先輩、俺もその、何をすればいいのか全然分からなくて、弁当を作って来たんです!あの、迷惑じゃなければ受け取ってもらえますか?」
目の前に弁当を差し出すけれど、作ってくるなんてことは一言だって伝えていない。先輩は持参しているかもしれない。俺の言葉に目を丸くする先輩、やっぱり持ってきていたのかも。
「あの、いきなり押し付けがましいですね!今の聞かなかったことにしてください!!」
ひとり舞い上がって恥ずかしい、弁当を鞄の中に仕舞おうとか鞄に手をかけたのを先輩が静止した。
「違う。そうじゃなくて!その、こういうことしてもらったことが無かったから、嬉しくて」
先輩が顔を赤らめてそれを隠すように顔を背ける、その表情を見て俺まで恥ずかしくなる。
「そ。そうですかっ。喜んでくれたなら、嬉しいです。料理作ったこと無くて味は保障できませんけど、」
おずおずと先輩に弁当を渡す。
「大切に食べるよ」
先輩は嬉しそうにまだ熱が冷めない顔のまま微笑んだ。
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