第2章

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  ――カラン、カラン……。   水城がやってきたことに気が付いた涼が分かりにくい笑顔で「久しぶり」と声をかけてきた。水城は割と本気で安心した。張り詰めていた想いが緩んだ。   荒木が好きだ。好きだけれど、その想いはあまりにも苦しくて悲しかった。涼の事は頼れる兄貴というポジションで慕っている。それゆえに久しぶりにこぼれた安堵の笑みに、水城自身が困惑してしまった。   「水城の髪は伸びるのが早いな」   髪を霧吹きで湿らせながら涼がそう言った。   「そうですか? 意識したことなかった……。そういえば今日は定休日なのにわざわざ開けて大丈夫なんですか?」   「水城と話したかったから」   涼は意味深に目を細めた。慈愛のある瞳の色だった。   「俺は遠回しな会話が苦手だから、はっきり聞くよ。禅と何かあっただろう」   いつから荒木と水城の関係に感づいていたのか、はたまた荒木が言っておいたのか気になったが、水城は至極平坦なトーンで返答する。   「何もなかったというのが正しいです」   「でもお前たち……」   「体の関係を言っているのなら、ただそうしたことがあったというだけです。そこから恋愛が始まったわけではないので」   「ならどうして水城はそんな顔をする」   鏡に映った自分はいつもと変わらず平凡で無表情だった。   「疲れた顔をしてる」   「寝不足なだけですよ」   「それに傷ついてボロボロだ」   「世の中良いことだけではありません」   涼のほうが泣きそうな顔をしていた。どうしてこんなに心配してくれる人がいるのに、自分は笑うこともできないのだろう。どうして気を使った言葉をかけられないのだろう。水城は自己嫌悪に陥る。   吐きそうだ。最近いつもこうだ。いつもいつもどうしてこうなのだろう。   「俺は禅が悪い奴だとは思いたくない。でもこれじゃあまりにも水城が報われない」   「禅は悪くないですよ。僕が男なのに男しか愛せなかったのが悪いんです。優しさに付け込んで愛を求めるなんて、それこそおこがましい」   涼は唇を噛んで言葉を飲み込む。励ますつもりで2人きりになったのに、聞かされた水城の心情は理解が追い付けないほど入り組んでいた。   「禅さん、ありがとうございます。僕は僕の思いを誰かに知ってもらいたかったのかもしれないです。それだけでも十分だ。報われないなんて言わないで……」   水城はそっと微笑んだ。鏡に映るその表情は、涼が今までで一番穏やかだった。涼は整え終わった頭に大きな手を乗せて、いたわるように撫でた。嬉しそうにくすぐったそうに目を細める水城を見て涼は唇を噛んだ。
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