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水城は時が経つにつれてどんどん荒木にハマっていった。抱き締める力の強さ。温かさ。頭の奥まで響くような低くて甘い声。
荒木のことを考えるだけで気分が浮上した。幸せ。ずっとこうしていたいと思った。
三か月が経った。水城は合鍵を使って荒木の家に行くのにも慣れ、ほぼ毎日夕食を作っていた。和食が好きだという荒木のために今晩のメニューは肉じゃがと決まっていた。
重い買い物袋を持って家に上がると、すでに帰って来ていた荒木の靴の隣に女物の靴があった。水城は冷静に靴をきれいに整えて並べ、自分の靴は隅に寄せた。
手慣れた作業。体の関係をもって二週間が経つころにはすでにこんな感じだった。最初こそは愛されているのは自分だけと言った感覚だったが、女の匂いが染みついたリビングに入るたびにどうして自分は男なのだろうと思った。
それでも夕食を作るのは理由がある。金をなくすためだ。出て行った母がわずかに残していった貯金と、隠し持っていたバイトの給料を使い切ってしまいたかった。普通に生活すればあと4か月はもつだろう。それじゃあ、遅い。水城は早く全てを失くしたかった。だからバイトもやめた。
最後に愛されて死ぬと水城は決めているのだ。生活費が尽きる4か月も待っていたら荒木は水城に飽きてしまう。死んだ後に貯金を母に使われるのも癪だ。それよりは荒木に貢いで引き留めて早く死んでしまおうと思った。
そんな焦燥感から、荒木と交わる他の女に嫉妬している精神の余裕はなかったのだ。女を抱いてもいい。最後に眠る前に抱き締めてくれればそれで良い。水城はそう思うことで日々の精神状態を保っていた。
情事が終わったのか、荒い息を整える二人の息遣いがかすかに聞こえた。しばらくしたらシャワーを浴びるために部屋から出てくる。そうしたらいつもこうするのだ。何気ない顔で鍋の前に立ち、話しかけず視線を向けない。これは鉄則だ。
――ガチャ。
扉が開いた。水城は鍋に火を付けたところだった。顔はあげない。いつも通り。
「安芸」
名前を呼ばれたのはいつぶりだったか。反射的に微笑んで「どうかした?」と答える。
「安芸もおいで」
流石に返事が出来なかった。一瞬の隙をついて荒木が火を止めると、水城を引っ張ってベッドに押し倒した。
ここからは最悪だった。女は楽しそうに蹂躙される水城を見つめ、荒木は理性も効かないくらいめちゃくちゃな行為に及んだ。吐きそうだ。女みたいな声がでる。ペットでも眺める様な視線が2対水城を刺した。
最悪だ。21年生きて来て今が一番最悪だ。なんでもっと早く。手遅れになる前に。どうして。
――どうして、死んでしまわなかったのだろう。
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