第3章

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  荒木禅はとにかく人に愛される性分だった。頼れる仲間、心配してくれる親兄弟、愛欲を満たす異性。   そんな彼に唯一の存在が出来た。誰にでも平等に接してきた荒木に恋人ができたのだ。自分でも驚いたのは、それが異性ではなく同性であったことだ。   水城安芸。恋人の名前である。偶然立ち寄ったコンビニでアルバイトをしている彼を見掛けたのが始まり。長い前髪をピンで上げて、まろい額をさらしていた。目の下には色濃く隈が残り、彼の疲労具合を証明していた。   セフレのためにゴムを持った荒木は水城のレジに並んでそれをカウンターに乗せた。一瞬動揺したように見えたが、水城の表情はそれ以上変化しなかった。   ――つまんな。   最初にそう思った。   次に会ったのは見掛けたのはキャンパスの食堂。その時は前髪を下ろしていて一瞬誰だか分からなかった。ただ黙々と手作りと思われるサンドウィッチを食べていた。   「禅、何見てんだ?」   何人目かの”親友A”が荒木にそう問いかけた。   「あれ、誰だ?」   「あー、水城安芸じゃん。去年ゼミ一緒だったやつだわ。何考えてるか分かんなくて気味悪かったな」   「へぇ」と気のない返事を返す。Aも別段気にした様子もなく、すぐに誰が可愛い、誰がどうのこうのという話を始めた。   およそ一週間後、水城を見つけた。夕方の居酒屋のカウンターでビールをあおっていた。友人と来ているわけでもなく、ハイペースで酒を飲んでいく。次の注文をしようとしている水城に声をかけた。   「ねぇ、あんた幸せそうな顔してんね」   口説き落とした水城は簡単に家についてきた。話すだけのつもりが、水城は微笑んで荒木を誘惑した。意外だった。そういうことに疎そうだと侮っていた。体中のあざ。乱暴なセックスしか知らない腰使い。酒に酔っていた時は乱暴な言葉遣いだったのに、起きて素面になると恥じらう少女のように頬を赤らめた。   いろんな顔を見てみたい。笑った顔、拗ねた顔、泣いた顔。全てを独占したい。その顔を見るために髪を切らせた。涼と仲良くなったのは誤算だったが、可愛らしい瞳が荒木を捕らえるたびに胸が高鳴った。水城は荒木に嫉妬を教えてくれた。   ――もっと、もっと水城を知りたい。   ただそれだけだった。
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