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どうやら荒木は馴染みの美容室で髪を切ることにしたが、水城の顔が見えにくいとかいう理由で同行させたいらしい。最後に切ったのは随分と前だったし、水城本人も首筋に触れる毛先を鬱陶しく思っていた。
荒木が紹介する店なら悪いようにはならないだろう。そう考えて了承の返事を打ち込む。
今のところ、水城は荒木に対して恋愛感情を抱いていない。しかし水城はいずれは好きになるのだろうという確信を持っていた。男性しか好きになれない自覚があった。それも自分よりも強い気質を持つ男が好きだった。殴られるとかそう言ったプレイが好きなわけではない。安心感が欲しい。ただそれだけ。俯きがちな水城を強引にでもいいから引き上げてくれる人。
水城は暗くなった空を見上げた。
――ほら、今まで空なんて見なかったのに。
荒木みたい男がいるだけであたりの景色が見えるようになった。だから水城は好きなる。このろくでもない男に恋をする。自分とはそういう人間なのだと細く息を漏らした。
昨晩荒木に抱かれたのだって、ほぼ水城から仕掛けたようなものだった。結局別の店に行かず、途中のコンビニで買った酒を荒木の家に持ち込んで飲み直した。夜遅くなって止めてもらう話になり風呂を借りる。髪を乾かしながら缶チューハイをちびちびと飲み、あとからシャワーを浴びた荒木が部屋に戻って来る。
――「荒木ってさ、こうやって女の子連れ込むの?」
とても嫌味な言い方だった。それに対して嫌な顔をするわけでもなく荒木は「うん」と答えた。間違いなく荒木はそういう目的だった。根拠はないが、強いて言うならそういう目をしていた。
その後の事を想像するのはたやすいだろう。水城が「へぇ」と目を細めて笑うと荒木が乱暴に唇を合わせ、そのままベッドにインという流れだ。
荒木が何故あの時水城に声をかけたのかは未だに分からないし、長い前髪の下の顔を知っていた理由も分からない。一方的に荒木を知っていたわけではなかったという高揚感と、”女好きの荒木”が男である自分と体を重ねたことに特別な思いを感じた。
水城は上機嫌になってへたくそな鼻歌を歌いながら夜道を歩いて行った。
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