第1章

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  ***   待ちに待った日曜日。水城はワイシャツにジーンズというラフな格好で荒木の家を訪れた。デートと言えばデートなのだろうけど、無駄なお洒落をしたところで荒木と恋人になるわけでもないのだから無難な服装でも問題ない。   インターホンを鳴らすとすぐに荒木が顔を出した。水城の全身像を確認すると満足げに頷いた。   「わざわざ来てくれてありがとう」   「大丈夫」   「その服装寒くない?」   季節は秋に移り変わろうとしている。確かにワイシャツ一枚では肌寒さを感じる。それでも水城はふわりと微笑んで「心配するほどじゃないよ」と答えた。荒木は納得しなかったようで、水城を一度玄関に入れると自らのものであろうカーディガンを持ってきた。   「これあげる」   そういって水城にカーディガンを羽織らせた。申し訳なさそうに眉尻を下げたが、正直ありがたかった水城は素直に受け取った。荒木の匂いが鼻先をかすめて顔を赤らめてしまう。   荒木は水城の頬に軽くキスを落として、くしゃくしゃと頭をなでた。勘違いしてしまうような触れ合いも水城は受け入れた。   「今から行く美容室はいとこがやってる店なんだ。緊張することはない」   「僕に合う髪型とか良く分からないんだけど」   「大丈夫。カタログも揃えてあるし、俺もいとこも安芸に似合う髪型見つけるの手伝うからさ」   「そっか。ありがとう」   水城ははにかみながら頷いた。   美容室に向かう途中で手土産になる洋菓子を購入した。荒木曰く、”賄賂”らしい。水城はすっかりデート気分で楽しんだ。おしゃれなカフェやレストランに並んで目的の美容室はあった。水城一人では入るのですら勇気が必要な綺麗な外観。荒木は慣れた様子で扉を開けた。   「涼! 久しぶりー」   声をかけられて振り返ったのはカウンターで頬杖をついていた男だった。おしゃれであることには間違いないのだが、目つきがものすごく悪い人だ。   「おう」   涼と呼ばれた男はフランクに片手をあげて応じた。そして水城に視線を向けた。   「水城安芸くん?」   「はい。今日は僕もよろしくお願いします」   「あぁ、禅から聞いてるよ。思っていたより整った顔してるな。俺の腕が鳴る」   にこやかに話しかけられ、水城の中で涼の印象はとてもよく映った。今回荒木は他の従業員に切ってもらうようで、すでにシャンプー台についていた。水城は初めて緊張しながらも涼とカタログを開き、髪型のイメージを固めた。   切られている間、隣に座る荒木や鏡越しに目が合う涼が話しかけてくれたおかげで、水城の体感時間はとても短かった。   最後に涼がヘアアイロンやワックスで髪型を整えると、水城は鏡に映る自分に感嘆した。顔は変わらないが髪型が変わるだけで印象が違って見えた。今まではいかにも苦学生といった風であったのにもかかわらず、うなじがさっぱりと刈り上げられイマドキの大学生であった。長い前髪を利用してセンター分けにするとおでこが見えて少し幼く見える。
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