104人が本棚に入れています
本棚に追加
前兆 ―― 偶然のイタズラ
『Σ(゚∀゚ノ)ノキャー、倫せんせ~久しぶりぃ!』と
16才の女子高生らしい元気さで、
ゲスト達の輪から外れてやって来たのは、
今をときめくトップアイドル・京極彩乃ちゃん。
入院中もこの子のパワフルさには圧倒だったけど、
今はさらに磨きもかかって、文字通りキラキラ
光り輝いている。
「ホントに来てくれるだなんて感激!」
「だって、ずっと前からの約束だったじゃない」
(と、いっても忘れかけていたが)
「今日はう~んと楽しんでいってね。
ご贔屓のスターさんとかいたら生サインでも、
生写真でも何でももらってあげるから」
「うん、どうもありがとう」
今夜、ここインターコンチネンタル・有明の特設
パーティー会場できらびやかに催されているのは、
今年で60回を迎えた中央新聞社主催・アクターズ
ギルド映画祭の前夜祭。
彩乃ちゃんは昨年の最優秀新人賞受賞者として
プレゼンテーターを務める。
『―― 彩ちゃん、ちょっとお願い』
「は~い ―― ごめんね、ちょっと行ってくる」
彩乃ちゃんがマネージャーさんに呼ばれて行ってしまうと、
早くもボクは手持ち無沙汰になって、
とりあえず超絢爛豪華な料理が並ぶブッフェコーナーへと向かった。
でも、そのボクの姿をゲスト達の輪の方から見ていた人がいたなんて、
ボクはちっとも気付いていなかった。
結論から言えば、柊二のマンションから出てくるとき、
”まさか、柊二と同じパーティーじゃないよねぇ”
と、言っていた事が的中したんだ。
「―― おい、あそこにいるの倫だろ?」
と、傍らにいる柊二の注意を促したのは兄・大吾。
柊二はブッフェコーナーにいる倫太朗を見て、
思わず飲みかけのウイスキーを噴き出しかけた。
「ぶっ ―― あ、あいつ、何でここにいるんだ?!」
「お前が呼んだんじゃねぇんか?」
「んな訳ねぇだろ。まだ倫を奴の目に晒すのは早過ぎる」
「甘いな」
「あ?」
「抜け目ない広嗣の事だ、お前と藍子さんとの縁談が
持ち上がった時点で倫の身辺調査くらいはしてるさ」
「とにかく、あいつをさっさと帰さなきゃ」
「今は動くな、場所が悪過ぎる。マスコミに格好の
スキャンダルをくれてやるようなもんだぞ」
柊二は悔しそうに歯ぎしりをする。
そこへ、ダークスーツをきっちり着こなした
青年がやって来て、柊二へ声をかける。
「柊二様。御前がお呼びでございます」
「……分かった」
前菜からメインディッシュ、デザートまで、
高級ホテルの絶品料理を心ゆくまで堪能し、
食後酒をのみながら、
ぼんやりゲスト達の顔ぶれを眺めていたら ――
柊二の姿が視界に飛び込んで来た。
えっ、うそ、本当に同じパーティーだった……
彼の傍らには70才位の紳士と
振り袖姿の可愛らしい女の子がいて。
どうやら柊二は紳士からその女の子を
紹介されているようだ。
紳士の方にも、女の子の方にも見覚えがあった。
女の子の方は確か……今年、秀英会の医事課へ
短大からの新卒で入社した子だ。
都村が”今年の新入の中にとんでもないお嬢様がいる”
って、大騒ぎしてたっけ。
紳士の方は、恐らく大抵の日本人なら名前くらいは
聞いた事があるだろう。
戦前から生糸市場で一財を成し、
一時期は裏で一国の元首おも操っているといわれていた、
日本政財界の超大物・神宮寺剣造。
何故、柊二と彼女が一緒にいるのか?
そりゃあ、気になるけど。
それを柊二に尋ねたりすれば ――
”妬いてるのか?”なんて、茶化されるに決まってる!
だから、聞かない。
ボクにも関係する事なら、きっと柊二の方から
教えてくれるハズだから。
そんな事をうだうだ考えていたら ――
『あ~ら、倫ちゃ~ん』
背後から随分と馴れ馴れしく声をかけられた。
少々ムッとして振り向けば、それは、
珍しくフォーマルに着飾った森下静流さん。
「静流、先輩……」
「楽しんでるぅ~?」
彼女は利沙やあつしのお姉さんで森下家の長女。
㈱各務の人事部に務めている。
女性らしくお洒落してる先輩を見るのも、
こんな公の場でここまで酔ってる先輩を見るのも、
久しぶりだ。
「あー、そうだぁ。ゴールデンウィークの旅行で買って
きてあげたキムチと韓国海苔、食べたー?」
って、それ、何ヶ月前のハナシだよ。
「あ、うん、食べた。旨かったっすよ」
「でしょ、でしょ~う? この静流さんが買ってきたんだもの
美味しいに決まってるじゃない」
「あ、ところで先輩……酔ってます?」
「へへへ~、ちょーっとね」
何処がちょっとだよ?
大トラになる一歩手前じゃんか。
「ま、潰れる前に帰った方がいいですよ?」
「だーいじょーぶー、今日はナイトも一緒なの」
なんて、笑っていると ――
最初のコメントを投稿しよう!