これは朗報? それとも……

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これは朗報? それとも……

 それは、近所にあるヒマワリ畑の花がちょうど良い見頃を迎えた  7月下旬頃の事。   『―― 各務くんに桐沢くん、後で話しがある、  すまんがここが終わったら私の所へも寄ってくれ』  朝、入院病棟の申し送りが始まる前に佐伯院長から  いかにも面倒臭そうな呼び出しを言いつけられてしまった。  とりあえず、大ボスからの言いつけなので、  素直に院長室へ向かうと、彼は接客中との事で、  秘書の橘さんにそのまま少々お待ち下さいと言われた。 「―― 何だよ、俺と倫だけか? 倫はともかく  俺は問題になるような事した覚えはないんだがなぁ」 「先生、それ、かなり失礼だと思います」  最近はボクだって、至って大人しく真面目に仕事していたし。  院長直々に呼び出しを食らうようなポカもしていない……と、思う。  きっと、ロクな用件じゃないな。  面倒な学会に出席しろ、とか。  殺人的な勤務に回される、とか。  強制お見合い、とか。  大方、こんなもんか。  しいて言えば、統括部長の大吾先生と、  なりたて産科医のボクが何故一緒に呼び出しを受けたのか?   が引っかかった。  この時のボクは自分の考えがいかに甘く、  安易なものだったかを知る由もなかった。  それから数分後 ―― 『―― 実はな各務くん、昨年の左心室形成術が  評価されてキミにニューヨークのプレスビテリアン病院から  派遣要請があった』 「えーっ、すっげぇ!! NY(ニューヨーク)って言うとアメリカの、  ですか?」  あまりに突然の話しだったので、  ついピント外れのトンチンカンな質問をしてしまうボク。 「あぁ、他の国にもNYがなければな」  しかも、プレスビテリアンといったら、  各診療科の全米ベストホスピタルランキングで  毎年上位にランクインしている優良施設だ。  今回大吾先生が派遣要請を受けたのは、コロンビア大学のもので。  場所はNY・ハーレムにある。 「桐沢くんは後期臨床研修を同じくプレスビテリアン病院で行って貰う。  期間は2年。各務くん、桐沢くん共に”出向”という形になるから  給与他その他諸々(もろもろ)の諸手当はもちろん、渡航費用も  こちらで全額負担する。先方はなるべく急いでと言っているので、  バタバタとして悪いが、とりあえず1人でも先にNYへ飛んで  もらいたい。以上だ」  あの難しいオペを成功させた執刀医として、  断れない辞令が下された。  院長の部屋を後にして、病棟へ戻る道すがら  大吾先生が言った「俺が先に行く」 「えっ、でもボクの方が何かと身軽じゃ ――」  そう、大吾先生は妻子ある身。 「片付けなきゃいけない問題の比重からいえば  お前の方がずっと厄介だっての」  そう言われて、ボクはハッとした。  柊二との事か…… 「あのぉ、しゅ ―― 柊二にはこの事」 「黙ってるし、院長にも口止めしておく。もし、あいつが知れば、  こっちの仕事を放り出しかねないからな」 「お願いします」  医師として他国の医療を勉強する機会が与えられたのは、  凄く光栄な事なのだが。    一難去ってまた一難……  頭痛のタネがまた増えてしまった。
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