とある日の定時終業後

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とある日の定時終業後

 本日は日勤勤務。 「―― お先に失礼しまぁす」  午後・*時、通用口を出ると、柊二が待っていた。 「お疲れ、倫」  ボクに笑いかける顔を見ると、それだけで鼓動が速くなる。 「仕事は? 終わったのか?」  柊二に駆け寄りながら聞くと、 「切り上げたよ、倫の顔を早く見たかったしね」  優しく笑う顔で、更に鼓動が速くなった…… 「そう……」 「惚れたろ?」 「まだまだ」  ごまかして笑うが……  本当は、とっくに惚れきっている…… 「何食べる?」 「おでん」 「今日は開いてるかもな、行こう」  その時、柊二のスマホが鳴り、表示を見てボクから少し離れる。  周囲の雑踏で声は聞こえないが、何か言い合いをしている。  多分、広嗣さんだ。  ……何となく……そう感じた。 「りんたろ君」  呼ばれる声に振り向くと、静流先輩がやって来た。 「先輩」 「柊二は?」 「誰かと電話で話してます……広嗣さんでしょ?」 「勘が良いわね」  彼女が苦笑する。 「先輩はどうしたんです?」 「え? 実は今日……食事会があるの、でも、柊二は参加しないって  言い張ってて……ここに来れば会えるかと思って……」 「神宮寺グループの……娘さん?」 「やっぱ、知ってたか」 「広嗣さんから聞きました」  話していると、  通話を終えた柊二がこっちに歩いてた。 「静流、何の用だ」 「何って、今日は ――」 「俺は行かないと言ったはずだ」 「あちらはお待ちなの。失礼なこと出来ないわ」  柊二がボクに視線を移す。 「そんな事知ったこっちゃない、行くぞ、倫」  ボクの腕を引き歩き始めるが、  ……ボクは足を止めて、振り返った柊二を見た。 「……行った方がいい」 「倫?」 「お見合いの相手だろ? 行った方がいい……」 「何で知ってるんだ?」 「お兄さんに話しを聞いた」  柊二が静流を見る。 「そうなのか?」 「だそうね……」 「相手は財閥のお嬢さんだろ? 待たせちゃ悪い  ……行った方がいい。  行くべきだ。ボクは良いから」  柊二の腕を振り解いて、 「じゃ、静流先輩、ボクはここで失礼します」  柊二を見ずに先輩へ一礼して反対方向に歩き出した。  柊二は追っては来なかった。  当たり前だ、ボクが行けと言ったんだから。  追いかけられては困る  でも追いかけてきて欲しかった……。
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