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自ら退路を塞ぐ
マンションへ帰って早々、荷物の整理を始めた。
元々、アパートから移してきた物がごく少量だったので、
意外に早くカタはついた。
後はこのまとめた荷物を宅急便の集配係に託すだけだ。
柊二から買ってもらった服やアクセは全て置いていく。
中でも、かなり置いていくのが辛かったのは、
1周年記念にプレゼントしてもらった、リング。
誕生日にもらって以来、ずっと肌身離さず首から
ぶら下げていたんだ。
柊二からまた連絡が入ると、
泣いてしまいそうで怖かったのでスマホの電源は
切ろうとしたら、あつしから着信が入った。
今近くまで来てるから寄ってもいいか?
というので、ボクも色々今後の事を話さなければと、
OKした。
数十分後 ――
「差し入れだぜ~」
部屋へ入って来たあつしが高々と掲げた小袋は
浅草の老舗和菓子店「*和」のもの。
「あー! もしかして、芋ようかん?」
「あったりー」
「サンキュ、あつし」
俺ら2人共男のくせに、甘い物には目がなくて、
特にこの「*和の芋ようかん」は
大のお気に入りだ。
濃い目のほうじ茶をすすりながら、
大好きな和スイーツを食べ至福のひと時。
「―― 特別研修生の話し、今日正式に引き受けた。
で、もう、ここにはいられないから、現地へ行くまで
住めるとこ和志さんに世話してもらえないかなって」
「おぉ、聞いてはみるけど、どうせだから出発するまで
ここに置いてもらえばいいじゃん」
「もし、和志さんに心当たりがなくても、明日には
ここを出る」
「……柊二と何かあったのか?」
当然の質問だ。
あつしをここへ呼んだ時から、
全てを打ち明ける覚悟は出来ている。
ボクは、自分が迫田との一件から柊二さんと急接近し
やがてこうして同棲するようになって、
いま、どういう問題に直面しているかを
かい摘んであつしに説明した。
「……笑っちゃうよな……軽蔑、するか?」
「バーカ、今さら何だよ……実はさ、柊二の縁談は
母ちゃん伝いでかなり前から知ってた。だから、
柊二がこんなでかい買いもんした時はマジびっくり
したよ、で、各務の家でひと悶着起きるって
確信したね」
「そっかぁ……あつしにも心配かけたね、ごめん」
「いいってことよ~、あ、そうそう、新しい寝床だったな」
あつしは早速和志さんに連絡を取り、
手頃な間に合わせ物件を探してくれるよう
頼んで通話を終えた。
「何かさ、もう、和菓子とお茶だけじゃ物足らなくね?」
「ふふ、そろそろそう言う頃だと思った」
ボクは京極彩乃ちゃんのご両親に季節のギフトで頂いた
越後の銘酒「細雪」を持ってきた。
「おぉ! さすが倫ちゃん、気が利くねぇ」
早速、2つのコップに注いで乾杯した。
「アメリカに行っちまうと、こんな風には飲めなく
なるんだよなぁ~……」
染み滲みと呟いたあつしの言葉が、
胸にジ~ンと響いた。
***** ***** *****
柊二は例のカムアウトが原因で、
実家に軟禁されてしまったようだ……。
ボクは今日3時に広嗣さんとの約束がある。
病院での勤務は2時で早退。
ロッカールームから出て、
通用口へ向かっている途中あつしが追いついてきた。
「部屋の事だけど、山谷にあるシェアハウスでも
良かったら今すぐ手配出来るってよ」
「雨風しのげれば十分だよ。そこでお願いします」
「OK。じゃ、叔父さんの方からハウスへ連絡しといて
もらうな。現地へはそうだなぁ……*時頃に行くって
事でいいか?」
「うん。……あつし? ホントに色々ありがとう」
「いいってことよ~、困った時は助け合いだろ~。あ、
そうそう、お前新聞まだ見てないだろ」
と、あつしが差し出してきた、
新聞の小さな記事を見て、ボクは思わず固まった。
「! そんな……」
株式会社・各務
本日付けをもって下記の者を懲戒解雇処分とする。
役員・各務 柊二
これは明らかに柊二のカムアウトに対する
広嗣さんの制裁だと思った。
「大丈夫。柊二はこの程度でメゲる男じゃねぇよ」
「だといいけど……とにかく、これから広嗣さんに
会ってくる」
「おぅ、行って来い。報告待ってるぞ」
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