時間よ、止まれ。

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時間よ、止まれ。

「―― わっ!」  急に立ち止まった柊二の腕にぶつかった倫太朗は、  鼻の先を擦りながら顔を上げる。 「―― 柊二?」  柊二の視線は真っ直ぐ正面を見据えている。  睨んでいる、と言ってもいいほど険しい目つきだ。  その視線を辿って正面を見た倫太朗の表情も  強張った。  ほんの数メートル先に迫田が立っていたのだ。    (で、でもどうして?! 弁護士の岩沼先生は   ”あと2年はシャバに出て来られない”って   言ってたのに……) 「下がってろ」  柊二は低い声で倫太朗に命じ、倫太朗を庇うよう  手を動かした。  立ち止まっている柊二と倫太朗に向かって、  迫田が歩み寄ってくる。  行き交う人々は祭りの余韻を楽しみ、柊二達の  異変に気を留める者はいない。  数センチの間を残して柊二と迫田が睨み合う。 「へへへ~……色男さん」  柊二の耳元に口を寄せる迫田を見て、  倫太朗は嫌な予感がした。  (柊二、逃げてッ) 「―― 死ねよ」 「―― っっ」  それは、ほんの一瞬の出来事 ――  柊二は迫田を睨み、  歯を食いしばるようにして呻く。  倫太朗は、見た。  迫田が苦渋に歪める柊二の唇をぺろりと舌で舐め、  すれ違いざまに不敵な笑みを浮かべたのを。  迫田は人波に紛れ姿を消した。 「……柊、二?」  柊二の体が、  ガクリと崩れ落ち倫太朗は目を見張った。  地面に膝をついた柊二の腹部にナイフが深々と  突き刺さっている。  まるで映画のワンシーンのようだった ――。  柊二がナイフの突き刺さった腹部を押さえ  ゆっくりと地面に倒れ込む。  その姿はスローモーションで倫太朗の目に  焼き付いた。  祭りの帰り道 ――  行き交う人々でごった返す道は騒がしいハズなのに。  倫太朗の耳には何も入ってこない。  足元に倒れている柊二の姿は目に入っている。  だが倫太朗はあまりのショックに、声を出す事も、  体を動かす事も忘れてしまったよう立ち竦んでいた。 「きゃっ!」  誰かが小さな悲鳴を上げた。  倫太朗の体がビクリと揺れる。 「―― オイ、誰か倒れてるぞっ!」 「嘘っ、刺されてるみたい……」 「血よ、血だわ ――っ!!」  悲鳴を皮切りに周囲がざわめきたった。  好奇の目に晒され、ヒソヒソ囁かれ、  倫太朗はようやく我に返った。  幸い通行人の中に看護師の若い女性がいて、  その女性の介助で応急の止血と119番通報がなされた。 「柊二……柊二、お願いしっかりしてっ」  顔を覗き込んだ倫太朗の呼びかけに反応はない。  瞬間、1年前初めて出逢った時の光景が  頭の中でダブった。  きつく瞼を閉じ、眉を寄せ苦悶に歪んだその顔には  じっとり脂汗が滲んでいる。 「お願い……早く、早く、救急車を……」  祈るように呟く倫太朗の耳に、遠くから救急車の  サイレンの音が聞こえてきた……。
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