その②

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その②

 倫っ ――!  必死に堪えていたのに、目尻に滲んだ涙が  無情にも、大きな雫となって頬へ流れた。  それを見た倫太朗の表情に動揺が走る。 「しゅじぃ……」     柊二は倫太朗に握られてる手を自分からも  握り返してゆっくり瞼を開いた。 「ハ~イ、泣き虫」  倫太朗は泣き笑い、戯けてプクーっと頬を膨らます。 「柊二だって同じじゃん」 「そっか、そうだな……」 「……柊二、あのね、ボク、えっと……」  それまで必死に持ちこたえていた理性も、  愛おしい人との久しぶりの逢瀬の前には  非常に脆く。  柊二は必死に言葉を紡ごうとしている倫太朗の  愛らしさに負け、倫太朗を力ずくで組み敷き、  強引にその唇を奪った。 「んっ、ちょっ、しゅ ―― だめ、ここ、びょい  ……んン……」  倫太朗の抵抗は始めの数秒だけ。     柊二が倫太朗の首筋に真っ赤な所有印を  散らした頃にはその身を素直に委ね、  柊二の肩口へ腕を回して口付けを強請ってきた。  触れ合った2人の肌から伝わる心臓の鼓動。  時間の経過と共に早鐘を打つ。 「会い、たかった……ずっと、ずっと、会いたかった……  大好き柊二……愛してる」 「そうやってオレをノセたって、褒美は何もやれない」 「……柊二で、いいのに?」 「……あ?」  倫太朗が柊二の耳元で囁いた。 「――」 「!! おま ――っ……ア、ホ……」 「どうしたの?」  俺のキュウリがズッキーニに……  トン トン ―― ドアを静かにノックする音。  看護師の巡回だ。  柊二はとっさに倫太朗を布団で隠した。  ガチャ ―― ドアが開いて、顔を出したのは、  今年で6年目だという中堅ナース・石川。 「各務さん、何もお変わりありませんねー?」 「あぁ、ないよ。ありがと」  (しいて言えば、股間が緊急事態だが) 「それでは、お休みなさい」 「あぁ、おやすみぃ」  と、いつものやり取りで何事もなく終わる  ハズだったが ――  ふと、視線を落とした石川が柊二のスリッパの近くへ  乱雑に脱ぎ捨てられたようになっている倫太朗の  デッキシューズへ目を留めた。  うわっ、マズい……  石川はそのシューズも柊二のスリッパの横へ綺麗に  並べると、澄ました表情で言った。 「今夜が師長の夜勤じゃなくて良かったですね~。でも、  センセ? これ、ひとつ貸しですよ」 「……」  デカい貸しを造ってしまった……  石川が出て行ったのを確認し、倫太朗が布団から  顔を出す。 「バレちゃったね」 「おぉ。でもこれで明日の朝まで2人きりだ」
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