どんぞこニート

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*** 水がかかると、寒い。 これも、大きな判断材料だった。 今日は、ピンク色のゴム手袋を履いている。 昨日、手の感覚がなくなったから、学習済み。 それでも、寒い。 体全身が。 外壁に勢いよく水をかけていくと、また、白い水が次々に滴り落ちていった。 上から、下に。 屋根裏らしきスペースの境目から足元の屋根まで、縦2mほどのスペースの外壁を、横幅60cmほど洗う。 足元まで洗うと横に移動し、また、横幅60cmくらいを洗っていく。 (ん?上、洗っていけるんじゃね?) 横に、120cmくらい移動したあと、自分の右側の屋根裏らしきスペースにも高圧洗浄機の水を勢いよく当てる。 水は、真下に滴るから、大きな粒が自分の頭に落ちることは、ない。 (ここにわー?) 昨日、外壁を洗っている時にも、あった。 カバーのようなものが、縦に一直線上に取り付けられている部分。 目で、見て、明らかに隙間がある。 (水、あてんほーがいいよなー?) 大きな隙間に、勢いよく飛び出す水をかけると、家の中に水が入ってしまう気がした僕は、縦に走るカバーのような部分には水をかけないように注意しながら洗う。 (ここは、タワシやなぁ。) カバーの際を綺麗に洗うには、武器がいる。 (めんどくさいなーとりに行くんー。) できるだけ、中に水が入らない位置。 できるだけ、ギリギリまで水圧で洗える位置まで、ガンの先端を近づける。 (まー自分の家やしー、こんなもんで、いいだろう。) 寒さを我慢しながら、水を出し続ける。 *** 縦に走るカバーを越えて、北側の端まで外壁を洗った僕。 (めんどくさなぁ。) 行くのが面倒だった、我慢していたトイレにも行った。 ハシゴの登り降りが、面倒だった。 ピンク色のゴム手袋を履いているから、昨日より手は、寒くない。 でも、体が寒いと、感じている。 北側から、南側を見渡す。 満足感のあとを追いかけるように、込み上げる気持ち。 南から、北まで、屋根裏らしき場所から滴る水。 (屋根あらえんやん……。) 今日の1番の目的は、いま足を置いている屋根を洗うこと。 そのために、ここに上がった。 僕の足が乗っている部分。 鉄でできた、屋根。 (どうしよう……。) 白い水滴が滴り落ちる、屋根裏らしきスペースの下を歩かないように、鉄の屋根の端を歩く。 下が、ドブ。 水滴を避けるほど、下から無言のプレッシャーが飛んでくる。 濡れた地面が、さらにプレッシャーをかけてくる。 (滑ったらどーしよー……。) 気をつけて、歩いている時、思いつく。 (屋根はまー適当に洗ったらいいか。) 車庫の屋根も、適当に洗った。 今度は、手洗いじゃない。 僕は、縦に走るカバーの前で体を北向きにかえる。 (遠距離射撃―!) 北側の端めがけて、引き金を引く。 勢いよく屋根に当たる水。 溜っていた白い水が、流れ落ちていく。 (あーあんがい綺麗になるやんー。) 流れ落ちる水を見て、それなりに洗えていることを確認する。 屋根裏らしき、下の部分。 東から、西に。 西から、東に。 近づきながらも、ガンの先端をスライドさせていく。 (あー、もう寒いけん、ざーっと終わらせよう。) ホースで水をかけるように、ガンを操作していく。 とりあえず、早く中に入りたい。 *** 疲れきった体。 冷えきった体。 1番、体に染みたのが、後片付けの面倒臭さ。 屋根の上のスペース全てに水をかけ終えた時には、達成感を感じた。 そのあとすぐに、現実的な思いが込み上げてきた。 (片付けせなあかんのかー。) 本体のスイッチを切ると、一層面倒に感じはじめた。 (蛇口止めに行かなあかんやん……。) (またハシゴ……。) 南の端から、北の端まで、滑らないように歩き、滑らないようにゆっくりハシゴを降りる。 靴の裏が濡れているから、滑らないように気をつけながら歩いていると、昨日を思い出す。 (なかなか水抜けんかったよなー。) 僕はマイナスドライバーを握り、蛇口とホースを固定している止め具のネジを緩める。 (おぉぉ。もーちょっといけるな。) ホースと蛇口の接続部から、高く上に噴き上がる水。 (んーこんだけこっちから抜けたら早いだろー。) マイナスドライバーを置いて、ハシゴを登る。 気をつけながら、南側の本体まで歩く。 気をつけながら、取扱説明書の通りに、ガンを打つ。 水が出なくなるまで、昨日は長かった。 (あー、今度からは最初からこの方法にしよう。) 1分くらい、水を出し続けると、ガンの先端から出続ける水が、止まった。 水色のホースを抜き、ホースの先端を屋根の南側の端ギリギリに置く。 (あっ、クッソ!) 下でコンセントを抜いていないことに、僕は気がついた。 黄色い本体を左手に。 ガンを右手に持って、ハシゴまで歩いていく。 イライラしながら。 面倒だから、両手に持ったまま降りようと思ったけど、無理だった僕は、先に本体を右手に持ってハシゴを降り、地面に置いたあと、また登る。 右手にガンを持って、地面に降り、左手に本体を持って、コンセントまで歩いて、抜く。 (あー!もー!寒いのに!) (腹減った!) *** ハシゴを登り屋根の南側の端まで歩き、黒いドラムから伸びたケーブルを釣りのリールの要領で巻きつけていく。 (記憶力がやばくなる……あれ、ほんまやったんか……。) 1年くらい前に、どこかのサイトで読んだ文字を思い出す。 ニートになると、記憶力がやばくなる。 (まさかそんなはずないだろー!) 昔、読んだ時の、自分の気持ちも思い出す。 (ほんまやん……。) 冷えきった体でショゲながら、ハシゴを降りる。 心まで、冷えた気がする。 *** 玄関で作業服を脱いで、すぐに自分の部屋に戻って部屋着のズボンを履いたあと、暖房のスイッチをつけた僕。 とりあえず、寒いのと、お腹が空いた。 カップ麺にお湯を入れて、白ご飯をラップに包み、すぐ部屋に戻る。 こんな時の3分は、待ち遠しくて仕方がない。 黄色いスープに、食べるほど込み上げる、汗。 心の底から温まる味に満足して、布団に転がる。 布団が汚れるのが嫌だった。 でも、寒い。 こんな時は、布団が恋しい。 *** 14時。 ハシゴを立てかけたままにしてあるガスボンベ周辺の外壁を洗おうと、嫌がる体に鞭を打って外に出てきた。 (めんどくさいなぁ。) と、思いながら高圧洗浄機を準備して、壁を下から見上げる。 (んー。) (とりあえず上からよな。) (これ以上、上の段にあがるん怖いな。) 高圧洗浄機を片手にハシゴの1番上の段まで登ろうと、思った。 でも、怖いから、作戦を変更する。 (ん、このザラザラのとこだけ洗おー。) ハシゴに登って手の届く範囲を全て洗おうと思ったけど、モルタル外壁の部分だけ洗うことに変更する。 (すごい割れとるなー。) ハシゴを登ると、目に入る。 モルタル外壁の、ひび割れ。 (この家いけるん?) 自由奔放に走っているひび割れに、心配になる。 *** (ここにはー、かけんほーがいいーよなー?) ハシゴを降りて1度、考える。 (もう、ザーッと洗うかー。) 自由奔放なひび割れに、綺麗に洗うのも無理な気がした僕は、本体を地面に置いたままガンだけを持ち、ハシゴを登る。 (んがっ。) 斜めに立てかけたハシゴ。 体と、壁の距離が近い。 至近距離で壁に当てた水が、自分に跳ね返る。 (んもー!寒いのに!) 飛んできた水に、腹が立つ。 ひび割れている亀裂を避けながら壁に水をかけていくと、地面に白い水たまりが、またできていく。 (タワシと、ブラシでこすったのになー。) 自分なりに、綺麗に洗ったはずの壁から、白い水が流れる光景に、不思議さを感じる。 (あんだけこすって、まだこんなに汚れが出るって……車庫の屋根や、まったく汚れ落ちてないんちゃん。) 滴る水の色を見て、考える。 必死で擦った、車庫の屋根。 すでに、錆び止めを塗った、車庫の屋根。 (まー塗ってしもーたしな、仕方ない。) と、自分に言い聞かせながら、目の前の壁を洗い続ける。 *** ザラザラの壁。 モルタルの部分は、そんなに広くない。 すぐ終わるだろうと、思っていた。 でも、ハシゴに登らないと届かない部分を、横に移動して洗うのが面倒だった。 2回、地面に降りて、ハシゴを左に、東側に移動させて、登った。 亀裂を避けながら洗うことに、神経を使い。 自分が落ちないように、神経を使い。 とりあえず、もう、嫌。 寒い。 *** すぐ終わるだろうと思い、ピンク色のゴム手袋を履かなかった僕。 手がピンク色になっている。 (だれか機械を持ってくれる人か、ホースを持ってくれる人がおったらなー。) と、思いながら、嫌々、作業を1人で続けた。 パンパンに膨れた、水色のホース。 固い、黒いホース。 両方とも、なかなか言うことを聞いてくれない。 頑固な老夫婦のように固く重いホースに、イライラした。 15時前に、ピンク色の手で片付けをして、家の中に入った僕。 最後にハシゴを寝かせるのが、重くてしんだかった。 部屋に戻って、ココア飲みながら、お菓子を食べた記憶はある。 そこから先の記憶は、少し、飛ぶ。 *** (だれやし……。) ラインの通知音。  「できたよー」 (えぇ、いまおきたのに……。) 母親からのメッセージ。 (寝起きですぐには食べれんぞ。) ダルい体を無理矢理、布団から出す。 (さむー。) ボーッとする頭で、トイレに行く。 (あーあんまり食べれる感じでないなー。) 便座で座って考えたあと、立ち上がって水を流す。 (だるいなーもー。作ってしまう前に言えやー。) 部屋に携帯電話を取りに戻る。 (あー、でも、作ってくれた人に文句言たらあかんなー。) 悪い機嫌を心に押し込めながら、階段を下りる。 (食べれるぶんだけ食べよう。) *** 下に行くと、うどんがすでに丼に入っていた。 夜は、うどん。 先にわかっていたから、自分なりに急いで下りてきた。  「あーあんまり食べれそーでないわー」  「ほーなん?」  「とりあえず、うどんだけでいいやー」  「ご飯わ?」  「あー、いいやー」  「ほんなんで足りるん?」  「あー。またお腹空いたらなんか食べるわー」 うどんが入っている丼だけお盆の上に乗せ、階段を上る。 (寝起きやしなー。) *** 2秒。 うどんと、見つめ合う。 寝起きにすぐにご飯を食べて、何度も痛い目をした記憶が込み上げる。 (まーゆっくり食べるかー。) よく噛み。 ゆっくり食べる。 よく噛み ゆっくり食べる。 と、吐き気を感じることなく、食べきれた。 お風呂に入って、出てきて、なんとなく思う。 (本屋いこーかなー。) 僕は悩んだ末に、家を飛び出す。 (気分がわるーなったらどうしよう。) 悩みながら運転するも、本屋につくまで気分が悪くなることはなかった。 *** とりあえず、グラビア。 みんな、良い体してる。 その次に、小説を書く人の、入門書を僕は探した。 選択肢が少なく、文字ばかりじゃなく、イラストつきの飽きにくい本を選んだ。 その後、釣り雑誌のコーナーで立ち読みしているあたりから、変な感じが込み上げはじめる。 周りの音や、人の気配が異常に気になる。 気にしていると、頭がいっぱいになって、あまり、本を読めない。 気にしないように本を読んでいると、体が揺れるような感覚。 (なんやこれぇ。) 音や、気配を気にしないように、時折、目を強く閉じて気分をかえる。 釣り雑誌のコーナーから、小説コーナーに行くも、文字を読める状態じゃない。 1人称小説があれば、立ち読みをして、技術を盗もうと思っていた。 ページを開いて、1人称か3人称か調べるだけで、体が揺れて気分が変になる。 (なんや、せっかくきたのに。) 帰ろう。と、思って小説コーナーから離れている途中。 一冊の本が目に入る。 人の心を読みとれる心理学入門 パッケージを見て、気になって手に取ってみる。 向かい合う子供の笑顔。 白い背景に、青い文字。 (この人。) ページをめくると、込み上げる思いは、確信に変わる。 (やっぱり。) 黄色い、本の背景。 (本に人の心理を取りこんどる。) すぐにわかった。 笑う子供を見て、嫌な気持ちをする人間なんて、そんなにいない。 青い文字は、疲れている人間には効果的。 黄色いページ背景は、人を幸せな感情にする色。 もう帰ろうと、折れた僕の心が黄色い背景を見ていると、明るい気持ちになってくる。 文字を読むのが面倒な人でも読める、レイアウト。 飽きさせないように、かつ、威圧感のないキャラクターの顔。 本を閉じて、もう1度、表紙を見る。 累計300万部突破! (あーそんなに。) 300万部って数字が、現実的にどれだけすごいのかわからないけど、なんとなくすごいことは、わかる。 しばらく立ち読みをして、ふと気になる。 (心理学系の本って全部、こんな感じのデザインなん?) 奥に向いて足を進める。 心理学。 このコーナーに来たのは、はじめてだ。 棚に並ぶ本を手当たり次第、見る。 (んー。) (あー!) (あー。) (おー) 僕には読みにくい本から、人が落ち着く緑色を使った本、読みやすいレイアウトの本まで、色んな本がある。 (んーでも、さっきの本がなんか良い感じやなー。) 手前に戻って1度置いた本をまた、手に取る。 立ち読みだけ。 1人称小説から、文章作法を盗んでやろう。 小説を書く人の入門書みたいな本があったら買おう。 そう思い本屋に来た僕。 入門書は、見つけてすでに手に持っている。 本は、買ったら負け。 いかに、タダで、その場で情報を持って帰るか。 僕は、2冊の本を持って、車に乗り込む。 5分くらい、追加で立ち読みをした。 欲しくなってしまった。 買う気のない人を、買う気にさせる、本。 (すごいな。) と、思いながらハンドルを握る。 (自分もこんな本を書こう。) と、思いながら。 *** 帰り道。 お腹が空いて、コンビニに寄ろうかと迷った。 衝動的に、肉まんを食べたくなったから。 (寝る前やし、気分わるーなったら困るし。) 肉まんを食べたい欲を抑えて、僕は部屋に戻った。 そして帰ってきてすぐに、パソコンを開いた。 AKB関連。 友達関連。 その後、買ってきた本を開いた僕の記憶が残っているのは2時頃まで。 ついつい、寝る時間を忘れて読みいってしまった。 (ふむふむ。) (なるほど。) (ふーん。) 吸収していると、時間が経過するのは、早かったみたい。 *** 1月11日。 9時に起きて、10時まで布団でゴロゴロした。 携帯電話を見ながら。 ヨーグルトを食べたあとに、いつも通り薬を飲み、パソコンの前に行くと吐き気がして、また、布団に戻る。 横になったまま日記をノートに書いたあと、電気毛布にスイッチを入れる。 体が冷えているのか、頭がシャキッとしていないし、不安が強い。 小説の入門書を読んでいる途中にも、何度か気分が悪くなった。 動機や、目?からの吐き気。 感じるたびに、1度、本を置いて目を閉じ、休みながら自分のペースで読み進めた僕。 そのまま寝てしまおうとも思ったが、今は、これを読むのが、仕事だ、と、自分に言い聞かせながら布団の中で本を読んだ。 お昼過ぎからは、小説を書くことにチャレンジした。 ものの、意欲はあるが、頭が回らない。 ボーッとしている。 お腹も空いた。 *** 自分でおにぎりを握って、梅干しを1つ食べた。 今日は、なんだか不安の強い日。 食べながらも、不安が全面に出てきて苦労した。 15時頃までパソコンと向き合ったものの、進まない手。 書き詰まり、自分史を振り返ってみると、自分がいま、何をみんなに伝えたいのか、思いがブレていることに気がついた僕。 ムカムカと込み上げる感覚に不安を感じながらバナナを食べ、牛乳で薬を飲む。 (これでパソコンできるだろう。) パソコンの前にもう1度、行く。 も、またすぐに気分が悪くなる。 布団に転がり、本を読み出すも、また、吐き気がする。 (画面でも字でも、どないなっとんやこの体。) *** 何かをしたい時に、できないことは、悔しい。 母親がかける掃除機の音が、いつより耳に入ってくる。 勢いよく障子が閉まる音に、ビクッと体が反応してしまう。 下から近づいてくる掃除機の音。  「この部屋かける?」 入り口から声をかけてきた母親に、気分が悪い僕は、  「ここはいい」 と、断り、目をとじる。 起きているのが、もう、限界だ。 ***  「ピーンポーン」 (あー?) (あー寝とったんか。) (なんじやーいまー。) 17時17分。 (あぁ。よーねたな。) 目が覚めると同時に、ダルさを全身に感じる。 今日の体調の悪さ……なんだこれ。 *** 晩御飯に雑炊を食べて、薬を飲んだ。 雑炊にすら不安を強く感じ、呼吸が浅い感じに、お風呂の時間がせまる時計の数字に追い詰められていく。 (あぁ。そろそろ入らなあかん。) 爪揉み。 自立訓練法。 出来ることは、全てした。 それでも、お風呂に入るのが怖い。 *** 階段を下りて、脱衣所で服を脱いでいる時。 (ヤバイ……。) どこからともなく不安が溢れる。 (でも入らな……。) 自分と葛藤しながら服を脱いでいると、鼓動をさらに強く感じる。 (どうしよう。気分わるーなったら。) 不安を無理に詰め込みながら、裸でタイルの上に足を置く。 (あかん!) 扉を閉めてすぐ、逃げ出したい気持ちが全身から溢れだす。 椅子に座り、急いで深呼吸をする。 (どーしたんや、じぶん。) (風呂やぞ……。) (温めたらなおるか……。) シャワーを出すと、勢いよく流れる水の音に、感覚が刺激される。 (ヤバイ……。) (シャワーやぞ。) (いつもこれで楽になってきたはずやのに。) 1度シャワーを止めて、爪を揉む。 (ヒゲ剃りはむりやな。) (おゆにつかるんもやめとこう。) 自分なりに落ち着いたタイミングで、シャワーを出す。 流れる水の音が、何かを駆り立ててくるように感じる。 雑に髪の毛を洗い、雑に顔を洗う。 動けば動くほど、鼓動を強く感じ、息がおかしくなる。 気が狂いそうな自分の指先を押し、落ち着かせる。 (ここは、家や。) (誰かおる。) (いける。) (誰か呼んだらいいんや。) 自分に言い聞かせ、体を洗うスポンジを濡らし、ボディーソープをつける。 強烈な不安は、いまは、もう、ない。 でも、怖い。 息が苦しくならないように、ゆっくり体を洗う。 優しく体をこすらないと、鼓動が強くなる。 (あぁ。出たい。) 体が泡に包まれていくと、また不安が襲ってくる。 逃げだせない怖さ。 (あぁ、洗いながさな、でれん。) 全身を急いで流す。 (でたい、やすみたい、よこになりたい。) 急いで扉を開けて、深呼吸をする。 (はぁ、でれる。) (これ、こんだけ息がしにくかったら、ばーは毎日、風呂入るんせこかったんちゃうか。) 爪を揉んでいると、ふと頭によぎった。 肺が悪かった祖母が、風呂上がりに咳を強くしていたことが。 (まいにち風呂、入るんつらかったんちゃうやろか。) 体を拭きながら、考える。 久しぶりの強い動機と、息苦しさに、体を洗うことは、つらいことだ。と、再確認。 (なんも、わからんかった。なんもしてやれんかったなー。) と、思いながら、階段を上る。と、また、動機。 (そーいやー、階段あがってきた、ばー、走ったあとみたいな息のしかたしよったなー。) 強く脈打つ、僕の心臓。 ふいに、昔の祖母の姿が思い浮かぶ。 (せこったんやろーなー。わるかったなー。) 布団の上で、爪を揉む。
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